5ch沈黙ラジオ  

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王冠 妊娠カレンダー 2009.09.12 Saturday
ヒトって、だまされるじゃない。

だまされたいっていう気持ちもアナタにはあるんだよね。


ニコ



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 最後の晩餐 2009.08.31 Monday
DON QUIJOTE

「ひとつ質問があるの。例の子に、私はどうしてこんなに夢中なのかしら?」
「もっといい質問があるよ。私にわかると思うかい?」

あるとき、王は後継者を選ばなければならなかった。王は三人の王子を王宮に集めて告げた。 
「後継者を決めるときがきた。その方法は、お前たちの宮殿を何かでいっぱいにすることだ。
自分の好きなように何をいっぱいにしてもかまわない。予算はコイン一枚、期間は一週間だ」 
三人の王子たちはそれぞれ広大な宮殿に住んでいた。 一番目の王子は花を宮殿に運び込んだ。 
しかし、一週間後に王が訪れたときには、まだ宮殿の三分の一ほどしか埋まっていなかった。 
王は不満げな様子で二番目の王子を訪れた。 宮殿に近づくにつれて不快な匂いが襲ってきた。
悪臭はますます強烈になり、宮殿に辿り着くころには呼吸をすることさえ難しいほどだった。
王子は宮殿の中をゴミでいっぱいにしたのだ。 王は吐き気を催し、絶望的に首を横にふった。 
王宮に戻ると、いちばん若い三番目の王子が言った。「私の宮殿に今晩おいでくださいませ」 
王は、彼が要らない家具を処分して室内をぴかぴかに磨き込んでいるという噂を聞いていた。
しかし、そのあと宮殿に何かが運び込まれた様子はなかった。 王は夜になって宮殿を訪れた。
宮殿には誰もいなかった。 あらゆる家具が運びだされ、姿かたちは何ひとつ残されていない。 
静まりかえった宮殿の内部は隅々までライトアップされ、神秘的な美しさを醸しだしていた。
「何と神々しいことか!しかし、私は宮殿を何かでいっぱいにするように言ったはずだが?」 
王は宮殿の美しさに満足しながら真相を問いただした。すると、彼はにっこり笑って言った。 
「空間はすべて照らされています。おわかりになりませんか? 宮殿は光で満ちているのです」 

「知り合いがやまほどいたって、友達は一人もいないってこともありうるのね」
「子供の君は何でも知りたがるだろう?大人の君は何かになりたがるだけだ」

あっ、どーも、こんばんわ。憧れの人物は黒柳徹子と夏木マリ。そんな昇天司会の歌丸です。
宴もたけなわですが、本日のあとがきをもちまして、当局はトータルリコールに引越します。
思えば、このブログは大人ならとうに片づいたと見なしている青臭い問題を扱ってきました。
宇宙とは何ぞや、天国はあるんかい、神は誰やねんなどということを私はべらべら話します。
おおよそ大学に入って二年目くらいの学生がやることですね。そして笑いだしてしまいます。
笑うことは楽しいですから、いま述べたようなことを考えては意味もなく大笑いするんです。
私が話していることはほんとうにいたって単純なことなんです。人間は誰でも本来完全です。
一時的に歪むことはあっても軸がずれているだけです。だから、自然に戻せばいいだけです
マインドの視点で生きると、いつも不満や警戒心に怯えながら、幸せを探し求めていく人生。
ハートの視点で生きると、いつも喜びや安らぎを感じながら、自分を使いこなしていく人生。
好みにもよりますが、私はマインドより、ハートと仲直りして生きるほうが楽だと思います。
これは別に難しくありません。立ち位置を変えること、自分と向き合う勇気、それだけです。
マインドで生きる限り(自分の考えで行動する限り)、努力してもあまり成果は実りません。
例えば、怒りを感じたときにマインドは外側に原因をこじつけて、必ず相手のせいにします。
でも、怒りは自分の過去だと認め、抵抗せずに見つめると怒りがあなたを手放してくれます。
人間が怒るとイライラして当然ですが、怒っている自分と向き合う観察はイライラしません。
きちんと解放した反応は二度と繰り返しませんので、人生はどんどん余裕を増していきます。
こだわりの少ない柔軟性が回復していくほど、「いま」に在る喜びもより拡大していきます。
これを聞いて、あなたがハートって面白そうだと感じるなら、変容が始まっている証拠です。
あなたが聞くことと私が話すことは決して同じではないでしょう。ひとつのことを話しても、
どう受け取るのかは聞き手次第です。それをコントロールすることは話し手にはできません。 
ただ、私が思うに、魂が高揚するヨガとは、自分の中のストレッチされたがっている部分を、
震える横隔膜のように自分さえ気づかないうちにストレッチしていることかもしれませんね。

「悲しみを癒してくれる薬ってどんなもの?」
「一粒のチョコレートと友達が背中をポンと叩いてくれることだよ」

とても話上手な女の子が、とぼけた口調で面白おかしい物語をいつも私に聞かせてくれます。
12歳のときにはもう、彼女は自分が芸術家として何をしたいかはっきりわかっていたんです。
彼女は小さいころから、何時間も、何時間も、何時間も、たったひとりで遊んで平気でした。
どうしようもない人間たちの演じる、ときには切なく、ときには美しい彼女の物語を聞くと、
私は腹を抱えて笑いころげながら、いつのまにかしんみり何かを考えさせられてしまいます。
彼女が何かを信じているとすれば、それは笑いの効力だけです。人間たちの姿を誇張したり、
いたわりの毛布でくるんだり、聞き手を笑わせながら、笑いを通じてほんの束の間でもいい、
魂どうしの繋がり、思いやり、といったものをかきたてられたら、と優しく寄り添っている。

それがあなたなのではないでしょうか?

|≧∇≦)ノゴキゲンヨウ ☆゚・。・゚★


藤岡しんたろう

(画:藤岡しんたろう)


KNIGHT

やがて無法な要求ばかりを続けていた母なる自然がようやく口をつぐんだ。

母なる自然は・・・・・

ゲームの終わりを宣言し・・・・・

私たちは身をひきはなし・・・・・

私たちは床入りして以来はじめて、口をそろえて相手に話しかけた。

「あら」と彼女は言った。

「やあ」と私は言った。

「おかえりなさい」と彼女は言った。

(カート・ヴォネガット「母なる夜」より)


ごん

SAVE THE LAST DANCE

special thanks: A



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 座禅エクスタシー 2009.08.30 Sunday
MEMENTO MORI

「どうしたらあるがままの自分でいられるの?自分らしくってどういうことかさっぱりわからないわ」
「自分が誰なのかわからなくてもぜんぜんかまわないと思えたら、そのときに残っているのがあなただ」

オキーフ

(画:ジョージア・オキーフ)


VANITAS

 「今日は何曜日だ?」

アウレリャーノが火曜日だと答えると、ホセ・アルカディオ・ブエンディーアは言った。

「私もそう思っていた。ところが、急に気づいたんだ。今日も、昨日と同じ月曜だということにな」

翌日の水曜日、またもや彼は仕事場に姿を現した。そして、こう言った。

「おい、大変なことになったぞ。空を見ろ。太陽が照りつける音に耳をすましてみろ。
昨日と、その前の日と、少しも変わっちゃいないぞ。今日もやっぱり月曜日なんだ」

木曜日、情けない顔で仕事場に現れた彼は泣かんばかりの声で言った。

「時間を計る機械が故障してしまったんだ!」

(ガルシア・マルケス「百年の孤独」より)


ねこ

 VIDERE EST CREDERE



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 天国と白いピエロ 2009.08.29 Saturday
WALTZ FOR DEBBY

「ねえ、猫に遠い先祖の記憶はあるの?猫は残される子供たちに未来を思うことはあるの?」
「全然ないね。あんた、自分のこと忘れなよ。人生なんて、あんたが思い込みたがるほど深刻なものじゃない」


アヒル
(画:みんななかよし)


ZEN

追いかけるとみんな逃げてしまいました。

誰もあそんでくれないので、彼女は池のそばの石に坐ってじっとしていました。

すると、バッタが戻ってきて草の葉にとまりました。カエルも戻ってきて草むらにしゃがみました。

カメも、ヘビも、リスも、ウサギも、みんな彼女に引き寄せられました。誰も逃げたりしません。

それでも黙って坐っていると、シカの赤ちゃんがやってきて、彼女のほっぺをなめました。

「ああ、わたしはいま、とってもうれしいの、とびきりうれしいの!」

「だって、みんなが、わたしとあそんでくれるんですもの!」

(マリー・ホール・エッツ「わたしとあそんで」より)


ねこ

FIN DES VACANCES



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 伝染るんです。 2009.08.28 Friday
LUPIN THE THIRD

「愛があればすべてうまくいく?すべてを救う愛なんて存在するはずないじゃない!」
「セックスというのは、あなたがまだ理解していない自分自身の一部だよ

あるとき、沖縄に住んでいる人間みたいに話す100万回生きた黒猫に一人の女性が質問した。 
「あなたは誰ですか? それより、私は誰ですか? 私とあなたの違いはいったい何ですか?」 
黒猫はクックックッと彼独特の笑い声を鳴らしながら、嬉しそうに緩んだ笑顔を見せたあと、 
「あなたと私のあいだには何の違いもないよ」と答えた。彼女は答えに納得できずに続けた。 
「私はあなたに会いに遠くから来たんです。でも、あなたは私に会いには来ないでしょう?」 
なかなか的を得た突っ込みだった。優れた問いには決まって優れた答えが返ってくるものだ。 
黒猫はひと息ついたあと、ピアノの平均率を調整するかのように寡黙な焦点を中空に結んだ。 
「あなたは自分自身に疑いがあるはずだ。でなければ、ここまで私に会いに来るはずがない。 
疑いが旅をさせるんだ。私には疑いがないからどこへも行かない。そのほかに違いはないよ」
あなたの疑いはそこにあると彼女の頭を指さして、黒猫は愉快そうにクックックッと笑った。
疑問符というのはあなたのマインドの中にあるだけで、あなたの実体には存在しないものだ。 
何でも頭で知ることができると考えるのは病人と呼んでいい。誰でも一度は知識病にかかる。
言葉はどんなに本音を話しているつもりでも、結局はマインドの狭い世界観でしか捉えない。
しかし、「知らない領域」から受信する暗黙知を許可するとき、あなたは次元を超えるんだ。
だって、自分がしがみついていることを認めれば、さなぎは狭苦しい殻を脱ぎ捨てるからね。
知識でも、お金でも、何でも、あなたが所有したいなら、あらゆる面倒が降り掛かってくる。
重い鞄を運んだり、番をしたり、四六時中、緊張は解けずに幸せは死ぬまでお預けのままだ。
「自分の持ち物」を「自分」と勘違いして人生はガラクタを守るための闘いになってしまう。
何を持っているか、どれくらい持っているかで幸せを決めているなら、平和は実現できない。
死んだら持っていけないものに喜びや存在価値を見い出しているなら、恐れは克服できない。
人生が良いときも悪いときも、いまの自分に満足できる者だけが瞬間の楽園を受け取るんだ。
欲しがるなとかじゃないんだよ。いいかい、どこで止まるかを知ること。ただ、それだけさ。

仮病は、この世でいちばん重い病気である。

(ΦωΦ)クックックッ♪



動画


( 〃ノωノ)  マイケル、ちんこふりすぎ♪

(´・ω・`)? ・・・あれ、ちんこ嫌い?

( ´・ω・)v─~~マイケルと結婚したら飽きひんね

( ;・ω・)v─~~トイレ掃除たいへんやな・・・

(´・ω・`)ノ では、みなさん

ω・`)ノシ 友達によろしく!

・`)ノシ また、ぜひお会いしましょう!

マイケルはとうとう生き返らなかったなぁ。
彼なら生き返ると本気で思ってたよ。
天国ツアーに行ったんだな。

・・・・・

「安心っていうのは車の後部座席で何の心配もなく眠れることなんじゃない?」
「悲劇的な人生はいつもロマンチックに見えるんだ。ただし、それが他人の人生ならね」

あ、どーも、おさしみぶり。グヴィネス・パルトロウにぞっこんラブな昇天司会の歌丸です。
今日はサイパンの中華屋さんで小籠包食べたです。中華は世界中どこ行っても、早くて旨い。
日焼けどめの塗りすぎで肌ガサガサ。子供たちは2回も皮むけてる。もうちょっと遊ぶです。
さて、このたび、リニューアルしたブログの管理画面が肌に合わず、当ブログは移るんです。
開設してから3年数ヶ月、いろいろな楽しい出会いや出来事もあって良い経験になりました。
いままで出会ったみなさんにはとても感謝しています。ほんとうにありがとうございました。
引越しのあいさつとしては誠に遺憾ですが、何を隠そう、私は自分をアホだと思っています。
アホな自分を許すと力が抜けます。おバカで結構。マインドがバカになるのは良いことです。
これはとても自由な感覚です。プライドや優劣感や自己欺瞞の縛りが少ないのは楽ですよね?
「いま」を楽しみましょう。ここでお伝えしたいメッセージはそういうことなのでしょうか?
違います。「いま」をそのまま放っておく。それだけで十分です。空はさり気ないものです。
それに気づくには、坦々とした瞑想姿勢であらゆる行為を手放して、のんびりすることです。
あなたがすることは何もありません。そうこうしていると向こうから現れる、それが空です。
空は理解ではありません。認識です。やがて認識している「自分」さえ消えてなくなります。
もう分離はどこにもありません。あなたが自分の力で為そうとすると空は逃げてしまいます。
実現しよう、解決しようと未来に取り組むことはもっとも簡単に不幸になるための方法です。
「何かを達成するまで、幸せを感じてはいけない」という理屈は完全にマインドの洗脳です。
さらに、マインドはバランスが乱れているときにかぎって、ほかの人や物に依存を求めます。
酒、煙草、薬、過食、セックス、恋愛、不倫など、何かを掴んで自分から目を反らしますが、
乱れた状態で掴む現実は一時的に中毒を誤魔化せても、苦しみの無限ループは止まりません。
ハムスターの車輪のように不毛なドラマを繰り返して人生は加速度的に損なわれていきます。
マインドは決して悪者ではありません。欠乏感が生じるのは自分に執着したときの孤立です。
いま自分が持っているものではなく、いまの自分を愛撫するとき、魂のバイブに気づきます。
瞑想やヨガでリラックスした自分に慣れて、車の後部座席で寛ぐとき、静寂はやってきます。
それに、ハートがあなたを呼んでいないのなら、あなたはこの文章を読んでいないでしょう。
ほんの一瞬でも空に触れたら、もう二度とあなたは目に見えないほんとうの自分を忘れない。
彼が私の中に幻想と覚醒の狭間で潜り込む。私たちはまた眠りと朦朧の世界へと転がり込む。
そして彼の腕の中で私の目が開くとき、何て素晴らしいのだろう。「私のお腹に彼がいる!」
彼女は一人目の友達を見つけたのです。つまり、彼女は自分と生きることを始めたのでした。
自分のようでありながら他人のようでもある。愛しい場所がいつでもここにはあるのでした。

「ねえ、この先、私の人生はいったいどうなっていくのかしら?」
「そう、それを今日まで降参しないから、あなたに聞いてみようと思ったのさ」

小川に停泊する船のマストに一羽の鳥が止まっていた。 ある朝、船は出航して海に向かった。
マストの上の鳥が我に返ったときには、船は岸から遠く離れ、陸地はどこにも見えなかった。 
岸に帰ろうと思い、鳥は北へ向かってかなり遠くまで飛んでみたが陸地は見つからなかった。
鳥は疲れ果て、どうすればよいか必死に考え込んだ挙句、船に戻ってマストの上に止まった。 
十分に休んだあと今度は東へ向かった。 しかし、どんなに飛んでも陸地は見つからなかった。
どこを向いても海が広がっていた。鳥は疲れ果て、船まで戻り、再びマストの上に止まった。 
今度はもっとしっかり休息をとってから南へ向かってみた。 そのあとには西へ向かってみた。
でも、どこを探しても駄目だった。 結局、最後は振り出しに戻って鳥は船から離れなかった。 
無駄な抵抗は諦め、井上陽水みたいにのらりくらりしながら猫みたいにのんびり坐っていた。 
落ち着きをなくしたり、将来を無意味に悩んだり、大人を気取ったり、緊張するのもやめた。
鳥は疑いから解放されたが故に沈黙したのだ。一週間後、船は驚くべき目的地に辿り着いた。 
舞台はマイライフ。足元は銀ラメシューズ。息を呑み酔わされて解き放つ。すべてのライン。
虚と実の世界をトランスポート。深い深いダイブ。海の底へ沈む。深い青より青になりたい。

人生は欲しがって手に入れること。そして、大切なものはそこにはないと気づくこと。

それは値段にすれば安く、愚者からは嫌われるが、賢者からは愛される。

それではグッドナイト!のんびり、おやすみなさい。

今晩、あなたの夢はきっといつもと違うでしょう。

ヾ(*ΦωΦ)ノヒャッホゥ〜♪

だれも心配しすぎないことは、とっても優しいことでした。
ムーミンたちは、ほかのひとのために、心配しないでおこうと決めていました。
つまり、そのほうが、心配をかけたと思って良心をいためなくてすみます。
それに、ありったけの自由をみんなで与え合っていることにもなるのです。
(「ムーミン谷の仲間たち」より)

ねこ

(詩:トーベ・ヤンソン/画:あなたの友達)

WIE SCHON LEUCHTET DER MORGENSTERN. 



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 祝福の鐘 2009.08.27 Thursday
FLEUR DE  LA ROSE

「一生のあいだに生きている喜びに気づけたら、それが愛なんじゃないの?」
「どうしてこんなに世界は美しいのだろう。そうだ、ここでは何もかも生きているからだ!」



藤岡しんたろう
(画:藤岡しんたろう)


KID A

見えるでしょう?感じるでしょう?この世界のいたるところに・・・・・

 宇宙生命の群が飛びまわっているのを!!

 宇宙生命は、形も、大きさも、色も、重さも、何もないのです
 
でも、ただとびまわっているだけではありません。

 この宇宙生命たちは物質にとびこみます。

 すると、その物質ははじめて生きてくるんです。

 銀河系宇宙のような大きなものから、惑星たち、地球も!

動物や植物、その細胞も・・・・・分子も、原子も、素粒子も。

 みんな宇宙生命が入りこんで生きているのですよ。

(手塚治虫「火の鳥」より)


ドラえもん

C'EST LA VIE !

special thanks: Our friends,family and you



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 黒猫堂 2009.08.26 Wednesday
QUE C'EST MIGNON.

「ふん、猫ってかわいそう。裸になれないなんて。一生ぬいぐるみじゃん」
「ふん、人間ってかわいそう。洋服を着ないで外に出られないなんて。裸がいちばん派手なのに」


ニコレッタ・チェッコリイ

 (画:ニコレッタ・チェッコリ)


E=MC²

放っといてくれ。

おれが木もれ日の木の下の椅子で眠っている時は。

あの椅子がおれになじむまで、四年もかかっているのに。

でも好きにしなよ。

あんたは、おれに手出しをする時少なくとも、
あんた自身を、お留守にすることが出来るのだから。

人間って、自分に夢中になりすぎるんだもん。

佐野洋子「あっちの女、こっちの猫」より)
 
 
ごん

 LA FIN DU MONDE.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 二重らせんの曼荼羅 2009.08.25 Tuesday
TRAVAIL D'AURORE AMENE L'OR.

「私、実は、いままで一度もちゃんとキスしたことがないの。ねえ、教えて、鼻をどうすればいいの?」
「口笛は知っているでしょ?唇を合わせて息を吹くだけだよ。沈黙こそ愛の香気を潤い、永遠を深く魂に刻む」


ニコレッタ・チェッコリイ

(画:ニコレッタチェッコリ)


COCO ANGE

「わたし、時々猫のふりして眠るの」

女はそう言って笑った。

「だって、何も考えないですむもの」

おれは驚いて声が出なかった。

おれは人間の真似なんて何一つしたくなんかないのに。

(佐野洋子「あっちの女、こっちの猫」より)


ごん

CA FAIT UN BAIL.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 ブラフマンの埋葬 2009.08.22 Saturday
 LES AMIS DE NON AMIS SONT NOS AMIS.

「水面に私が反射している。水を飲み干したら私の顔は映らなくなる。それなら、私を見ているほうがいい
「あなたの中身は私と猫とパンと水だ。これだけあれば当分お腹は減らない。それで、いまどこにいるの?」


ルシアン・フロイド

(画:ルシアン・フロイド)


VIVA LA VIDA

彼女は夢の国にいる気分であたりを見回しました。
すると、足元の亀が目にとまりました。甲羅には文字がきらめいています。

「トンデオカエリ、トンデオカエリ」

これが彼女が亀を見た最後でした。
花の嵐が言いようもなく激しさを増して、彼女まで花になったように風に乗って浮かびあがり、
暗い地下道を抜けて地上へ、そこから都会のほうへ、空を運ばれていったのです。
ますます拡がっていく大きな花の雲に包まれて、家々の屋根を越え、塔を超えて飛んでゆきました。
それはまるで素晴らしい音楽にのった心はずむ踊りのようでした。
彼女の体は上へ下へとふわふわ漂い、くるりくるりと回転しました。
やがて花の雲はゆっくり空をおり、花々は静止した世界に雪のように舞いおりました。
そしてまさしく雪のように静かに解けて消えました。

ほんとうの居場所に帰ったのです─────人間の心の中に。

(ミヒャエル・エンデ「モモ」より)


ごん

DONNER SA LANGUE AU CHAT.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 調香師の手帖 2009.08.21 Friday
C'EST L'ARBRE QUI CACHE LA FORET.

「猫は私の上に乗り、枕のひとつを取るのを許すと、真夜中の雨音みたいに、すかさずこう話かけてきたの」
「私は夢先案内人だ。君にやってもらいたいことがある。この宿の中庭にある黒い女性の頭の彫像を盗むのだ」


木村タカヒロ

(画:木村タカヒロ)


MORT

「ねえ、あなたはけっして野生の生き物を好きになっては駄目よ」と彼女は忠告を与えた。

「野生の生き物をあなたのうちまで連れて帰ったり、深い愛情を抱いたりしちゃいけない。
あなたがそれを可愛がって心を注げば注ぐほど、相手はどんどん回復していくの。
そして相手はすっかり元気を取り戻して、森の中に逃げこんでしまう。
あるいは木の上によじのぼるようになる。やがてもっと高いところに止まるようになり、
それからしまいには空に向けて消え去ってしまう」と付け加える。

「野生の生き物にいったん心を奪われたら、あなたは空を見上げて人生を送ることになる」

(トルーマン・カポーティ「ティファニーで朝食を」より)


100drine

IL N'Y A PAS UN CHAT.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 きみが選んだ死刑のスイッチ 2009.08.20 Thursday
JE DONNE MA LANGUE AU CHAT.

「どうして、私はいつも癒されたいの?自信がないから?愛が足りないから?それとも、心の病気なの?」
「どれも違う。立ち止まって静寂を聞こうとしないからだ。あなたはイデオロギーじゃない。透明な音色だよ」


エゴン・シーレ

(画:エゴン・シーレ)


COUCOU

突然、体の中であの歌の文句が響いた。

「おい、お前が夢じゃないかと、俺は心配なんだ。目の前に坐っているお前は幻じゃないのか?」
彼は迫りくる不安と疑いまじりのたどたどしい口調で言った。

「わたしたち二人のほか、ここには幻なんぞいやしませんよ。それともう一人、第三の存在とね。
疑いもなく、それはいまここにいるんです。その第三の存在はわたしたち二人の間にいますよ」

「誰だ、それは?ここに誰がいるっていうんだ?いったい何者だ、その第三の存在というのは?」
あたりを急いで見渡し、その何者かを必死に探しながら、彼は怯えきって叫んだ。

「第三の存在とは要するに神です。神さまですよ。神さまがいまわたしたちの関係にいるんです。
ただ、これだけは申しておきましょうか。どんなに探しても駄目です。それは見つかりません」
 
(ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」より)


ごん



J'AI LA CHAIR DE POULE.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 屋根の上のバイオリン弾き 2009.08.19 Wednesday
l'ENDROIT OU VOS REVES SE REALISENT.

「小さいときは有名な女優になることを目指していたのよ。もしかしたら、いまでもそうかもしれないわ」
「それは裸足を忘れた革靴よりもバカバカしい仕事だね。あなたには、それに我慢できるだけの劣等感がない」


奈良美智
(画:奈良美智)


LA MER

「わかりますよ。それじゃ自分たちがチェスの駒と同じだと思っているでしょう。
確かに、あなたたちには、そういうふうに見えるかもしれません。
でも、考えてみて。あなたたちは、駒だとしても幸運な駒ですよ。
追い風が吹いているかのように見えた時期もありましたが、それは去りました。
この世の中とは、ときにそうしたものです。あなたたちが受け入れないならね。
人間の考えや感情は、あちらに行き、こちらに戻り、繰り返し変わり続けます。
あなたたちは、変化する流れの中のいまに生まれたということです」

「追い風か、逆風か。先生にはそれだけのことかもしれません」とわたしは言いました。

「でも、そこに生まれたわたしたちには人生の全部です」

(カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」より)


ごん

LA FETE PASSEE, ADIEU LE SAINT.




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 宿題ひきうけ株式会社 2009.08.15 Saturday
CE SONT DEUX TETES DANS UN MEME BONNET.

「私たちはいつだって、二人とも正しく、二人とも間違ったことをしているのかもしれない・・・」
「もし、二人の人間がいて、いつも意見が一致しているのなら、そのうちの一人はいなくてもいい人間だ」


松井冬子
(画:松井冬子)


LA VAGUE

星と三日月が糸でぶら下がっている晩、ポプラが両側にならんでいる細い道を行くと、
その突きあたりに自分によく似た人が住んでいるという真四角な家があった。

近づくと自分の家とそっくりなので、どうもおかしい思いながら戸口をあけて、
かまわず二階へ登っていくと椅子にもたれて、背をこちらに向けて本を読んでいる人があった。

「ボンソワール!」と大きな声で云うと、向こうは驚いて立ち上がってこちらを見た。

その人とは自分自身だった。

(稲垣足穂「一千一秒物語」より)



ごん

LES BUCHES DE STEPHANE GLACLER.




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 あなたのいるところだけ何もない 2009.08.06 Thursday

IL FAUT DE TOUT POUR FAIRE UN MONDE.


「独身の頃はあんなに結婚したかったのに、結婚してみたら独身の自分とこんなに会いたくなるのね」
「女性は二人の男性と共に生きるべきさ。一人は恋人として。そして、もう一人は友人として


カサンドラ・バーニー
(画:カサンドラ・バーニー)


TSOURIRE

ねえ、きみ、 きみはいったいそれを知っているのだろうか?
きみはそれをほんとうに理解しているのだろうか?
それとも、きみは薄々は感じているのだろうか?
きみが人生で学んできたものはぜんぶ、まるで子供だましの、
葦の茎のように脆く、はかないオモチャだということを。 

魂に流れる音楽なら、それはきみの翼となって、
きみはいますぐにでも、空よりも高く飛び去るだろう。
けれど、頭に染み付いてしまった言葉なら、
それはきみにとって、背負わされた重荷でしかないだろう。 
神様だって聖書の中でこんなふうに言っている。
「書物を運ぶロバよ、憐れな者よ」と。 

けれど、神様のこぼす憐れみなどには背を向けて、 
重荷を運び続けるのも、それはそれで悪くない。 
無心に、ただひたすらに歩いて行けば、 
きみはいつか辿り着かずにはいられないだろう。 
そのとき重荷は取り去られるだろう。
そこではじめて、きみは真の愛とは何たるかを知るだろう。 

(ジャラールディン・ルーミー「見せかけの知識」より)



100drine


LA NUIT PORTE CONSEIL.




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 残酷な神が支配する 2009.07.31 Friday
LES ANGES DANS NOS CAMPAGNES.

「醜いのは悪い魔女だけよ。私たちは一緒に住んでなんかいないわ。ひとつの檻に同居しているだけよ」
「目を覚ますんだ。あなたは誰もいない屋敷で自分をダメにしている。観客はとっくの昔に去ったんだ」


エリザベス・ペイトン

(画:エリザベス・ペイトン)


TRINITAS

いいかい。あのね。欲望というのは一軒の家なんだ。

欲望は閉ざされた空間を必要とする。

 欲望はドアや窓から、あるいはブラインドや小さな穴からでも逃げ出してゆくのだけれど、 
それは開かれた空の下ではどこにも居場所がないんだ。向こう側はあまりに広すぎるからね。

ドアを閉めてごらん。窓を閉めてごらん。

神経質になって笑ったり、ジョークを言ったり、何か言わなくちゃと思って何か言ったり、
茂みがどうこうなんて言い出したりしたら、そのときには部屋の窓を開けることになって、
あなたの狭くて小さな家はもうちゃんと暖まらなくなる。 

冷たい隙間風が入ってくる。

(エイミー・ベンダー「わがままなやつら」より)



100drine

IL REVIENDRA-ZA PÂQUES.




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 予告された殺人の記録 2009.07.22 Wednesday
BON REPAS DOIT COMMENCER PAR LA FAIM.   

「私は、特に子供は、何度も怯えていると、時に姿が見えなくなってしまうのね。そうでしょ?」
「あなたはまるで、どこか何かが間違って、きちんと終わらなかった恋のようだ」


藤田嗣治

(画:藤田嗣治)


NOUVELLES

「あなたはまじめなのかい、ふざけてるのかい?」
運転手がいった。

「それは自分でもわからないな。この人生がまじめなのか、ふざけてるのか、それがわかるまではね」
トラウトはいった。

「人生は危険だよ、それは知ってる。それに苦しみもいっぱいある。
だからといって、まじめなものだとは限らないよ」

(カート・ヴォネガット「チャンピオン達の朝食」より)


100drine







HOMME MORT NE FAIT GUERRE.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 半獣神の午後 2009.06.22 Monday
L'APRES-MIDI D'UN FAUNE

「同時に、二人の子を愛することなんて、ほんとうにできるのかしら?」
「クッキーがふたつあったのを思い出すよ。ジャムとチョコでね。私はふたつとも愛したよ」


レオノール・フィニ

(画:レオノール・フィニ)


LE REVENANT

彼女は自分が二つに分裂していることを知る。

彼女の半分はとびっきりクールに死者の首筋を押さえ続けている。

しかし彼女のあと半分はひどく怯えている。

何もかも放り出して、すぐにでもこの部屋から逃げ出してしまいたいと思っている。

私はここにいるが、同時にここにいない。私は同時に二つの場所にいる。

アインシュタインの定理には反しているが、しかたない。

それが殺人者の禅なのだ。

(村上春樹「1Q84」より)


100drine

UNE PETITE FILLE S'ENVOLE DANS LE CIEL.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 15分で誰でも有名人になれるだろう 2009.05.29 Friday
AIDE TOI ET LE CIEL T'AIDERA

「相手に見られないで、こちらだけが見るって難しいのね」
「愉快なお客さんなら楽しくていいんじゃない?たとえば、あなたみたいな」

あっ、どーも、こんばんわ。唐突ですが、岸本聖紫瑠ちゃんってとびきり可愛くないですか?
私は顔より体全体のラインに魅力を感じるため、背の高い女の子にはめっぽう弱いのですが、
ハーフでもないのに、こんなディフォルマシオンの日本人に出会えるなんて正直驚きました。
可愛いは直訳で「OK・LOVE」ですから、許容する美は顕現された愛なのかもしれませんね。
つい、湧き上がる衝動が抑えきれずに、夜な夜な世田谷愛好会の友人に電話で救いを請うも、
「私はステラ・マッカートニーがいいわ」と、まるで車にひかれて干乾びた蛙のように一蹴。
絶対服従の羊飼いのような私は思わず、「LET IT BEですね」なんて小声でお茶を濁す始末。
三度の飯よりもVOGUEが好きと語るセンスの塊のような友人は雑誌を食べる山羊ではない。
だから、さりげなく教訓を与えてくれたに違いない。そんなアイロニーな弁証法を試みつつ、
いやはや世界は広いのねと、左手の肉球を舐めながら、瞑想に耽ってみた所存でございます。
光というものが存在していて、多様なスペクトルが生活の曲面を鮮やかに彩っておりますが、
私たちが内部に光を所有していないなら、外界の色彩も決して認めることはないのでしょう。
光を知るために目が、音を聞くために耳があるように、時計を見るために人間には心がある。
その心が時計の針を数えないなら、過去の記憶は実在しない映画と同じなのかもしれません。
創造性の井戸を満たすには、幼子のような虚無感がたいせつですが、神秘は極めて単純です。
科学は感受性を奪い去り、表情と好奇心を失わせる。神秘は真実を引き出し、導いてくれる。
いつも通る道を変えてみるだけで、「いま」に投げ込まれ、世界を新鮮に見ることができる。
魂の再開。よく浄化し、美そのものになりきること。それはきっと素敵なことかもしれない。
もし、あなたがいま引き返したら、もう二度とここへ来ようという勇気は起こらないだろう。
一生、あなたは外を巡りながら、中へ入る勇気がなかったと自分に言い聞かせることになる。
あなたが回り道したのはなぜだろう?いったい、誰が、あなたを自分から遠ざけたのだろう?
あなたの人生には「失われるもの」なんて何もない。あなたが少しづつ変わっていっただけ。
それでも、あなたは「いかにして自分自身で在るか」に気づくことはできる。簡単なことさ。

最高の書物とは、読者にわかりきっていることを語ったものである。


NICOLETTA CECCOLI

(画:ニコレッタ・チェッコリ)



「どんなことでも自分で見つけ出さなくちゃいけないのよ。ひとりで乗り越えるの」
「どこへ行こうと構わないよ。私にはどこでもみんないいところなんだ」

私はなまけものです。おそらく、地球上では糸井重里さんの次くらいになまけものでしょう。
なまけるためには寸暇も惜しまず、いかに努力しないで生きるかを必死に努力しております。
ですから、他の人が熱心に自己改革を目指して、あまり効果のなさそうな方法で奮闘したり、
親切に忠告やら、しつこく扇動されると、なまけものの私としてはとても困ってしまいます。
願望実現にはじまって、幸せになる方法、なんちゃら法則、セルフヒーリング、モテる技術、
健康法、ダイエット、美容メソッド、アンチエイジング、占い、前世、宗教、チャネリング。
もちろん、そういうやり方で幸せになれるのなら、私だってぜひ同じようにやりたいのです。
一方、私はそういう無意味なゲームを降りるというゲームをひとりでやっている訳ですから、
いちばん無意味なゲームをしているのは私なのかもしれません。以前、ロンドンにいたとき、
街中を闊歩しながら交差点にぶつかるたびに誰かが言うんです。「この道は渡るべきかな?」
私はそんなこと気にしようともしない。なぜならば、私はこの瞬間に満足しているからです。
あなたが鏡に映る自分を自分と思っている限り、70年、80年かの限られた旅しかできない。
生まれてから死ぬまでの人生は、それ自体が夢であり、人間が幻想を実際の人生と信じ込み、
フィクションドラマの現実性を疑わないのは、自分自身を知らないからではないのだろうか?
森の中には宝がある。でも、それを手に入れるには、森の中へ入っていかなければならない。
森の奥に入ることは危険でもある。蛇に咬まれるかもしれない。虎に遭遇するかもしれない。
かといって、森の入り口で薪を集めていても、薄っぺらい日常が繰り返されるばかりである。
子供のころ、大人になったら素晴らしいことが起きると誰もが思い、希望に胸を膨らませる。
ところが、いざ大人になってみると安全で居心地のいい生活を得るためにあくせくしている。
リアルではないと心の奥では知っているのに、これは欺瞞だと囁く自分のハ−トに蓋をして、
社会システムという城壁の牢獄で、群れた眠る羊のような毎日を過ごす。心から笑うことも、
泣くこともなくなり、能面のような頑固な顔つきで表情のないロボットのような人生を送る。
しかし、いつまでそんな薄暗い奴隷を演じていられるだろう? いつしか飽和点がやってくる。
それは「絶望」という衣をまとってやってくる。 あなたはこんな人生には意味がないと思う。
こんな人生ならいつ捨ててもいいと嘆く。死んだ魚の目のような自殺願望の異臭さえ生じる。
そのとき、あなたは賢者に出会うだろう。賢者はどこにでもいる。どこからでもあらわれる。
なぜならば、彼はあなたの内にいるからだ。必要に応じて外の鏡像を使っているにすぎない。
だから、彼はあなたの準備が整ったときに姿をあらわす。賢者は口を揃えて同じことを言う。
「外側の世界は幻想だ。眠りから覚めなさい。勇気を出してハートの中心に飛び込みなさい」
それは、あなたが外側の人生に絶望したときに起きる。希望に満ちているときは起こらない。
あなたははじめ、外側の経験を通して幸せを得ようと、目標に向かって努力と緊張を重ねる。
お金、財産、名声、成功、ステータス、健康、美貌、セックス、人生の伴侶、夢や願望の類。
あたかも、目の前に人参をぶらさげて走る馬のように、失う不安と脆弱な幸せを探し求める。
そして、何年も、人によっては何十年も懸命に格闘した末路、消耗感とひとつの降参を得る。
こうして外側から内側へ人生の形態を変化させ、 霊的な世界があなたの目の前にあらわれる。
あなたは美しい宝石を見つける。 不動の静寂の中でエネルギ−が脈動する自分自身と出会う。
「自分」が消える恍惚感に漂い、微妙なニュアンスを察して、草花や動物たちが囁きかける。
不思議な人生の展開がはじまる。何も心配は要らない。体験そのものがあなたを導くだろう。
玉ねぎの表面は茶色くて堅く、外の皮をむくに従って白く透明に柔らかくなっていくように、
あなたは粗雑な物質的な体験から、言葉で表現することの難しい霊的な体験へと入っていく。
社会の価値観は蜂蜜で書かれたようなものではないだろうか?はじめは素晴らしく思えるが、
あとでもう一度見ると全然わからなくなっている。どろどろしたものしか残っていないのだ。

神が見ているように自分自身を見るなら、毎日、もっと笑顔でいられるだろう。


NICOLETTA CECCOLI

(画:ニコレッタ・チェッコリ)


「ふんっ、何をやるのかと思ったら、そんなことくらい誰にでもできるじゃない」
「いいかい、お嬢ちゃん、誰がはじめに止まるかが問題なんだ」

言葉はうまくいけば真実を指し示せても、真実そのものではなく、知識は邪魔な抵抗となる。
だから、哲学や思想は、どれも誤りであり、どれも正しく、当人がどう活用するかで決まる。
興味深いことに、選択肢がなくなるまで、ほんとうに効果のあることを実行しない人は多い。
では、幻想の世界を手放して自分を知るにはどうしたらいいのだろう?理性の活動が静まり、
努力の産物ではない静寂があるときに音楽が出現する。条件付けが終焉するときに愛がある。
逆説的だが、思考が止まるときに無限の創造が、自分が消えるときに絶対の自由が生まれる。
小さな赤ん坊の体で地球に降りたとき、あなたは物質的な世界より霊的な世界に近かったし、
喜びや安らぎの感覚もとても強かった。しかし、三次元の世界に焦点を合わせていくうちに、
内なる繋がりを失った人たちを観察しはじめ、あなたの幸せの感覚も少しづつ薄れていった。
もちろん、物質的な肉体を着ていても「絶対的至福」との繋がりを感じ続けることは可能だ。
ところが、たいていの人たちは、時間という幻想にピントを合わせて内なる繋がりを見失う。
生命という存在の驚異と賛美にあふれている幼い天使に、両親は「静かにしなさい」と叱る。
大いなる自分を表現しようとする神の子に、社会は「小さくしろ、小さくしろ」と要求する。
こうして、いつのまにか小さな自分にすっかり慣れてしまい、生き残るために偽者を演じる。
世界を変えてきたのは小さな自分でいることを拒んだ芸術家たちである。彼らは自分に問う。
偽の自分と大いなる自分という二元性を克服し、分離を超えて、ひとつとして生きはじめる。
年老いた人たちに尋ねてごらん。常識に従い、社会のルールを守った人たちに聞いてごらん。
簡潔に答えてくれるだろう。その人たちはためらわずに答えるだろう。「規則に従うな」と。
内なる繋がりが薄れてしまう大きな理由は他人に喜ばれることが正しいと教えられることだ。
社会の要求を満たせずに嫌われることを恐れ、他人の物差しで自分の価値を計るようになる。
そして、尊敬される人物、世間で立派だと思われる生き方に関心を向けるという過ちを犯し、
自分との調和を失い、時計仕掛けの歯車のような人生はすべてつまらないものになっていく。
あなたの力は「いま」にあって、人生はあなたがどう感じているかを完璧に映し出している。
あなたが満たされていないと感じるのなら、それはあなたが満たされていないからではなく、
あなたが大いなる自分と矛盾しているからで、不調和は不快感を生み、人生を歪めてしまう。
心配や恐れの感情を知るために試すのはよくても、そこで泣いていたいとは思わないだろう?
あなたは大いなる自分に抵抗するのではなく、緊張を緩めて、流れに乗ることを望んでいる。
いま、どう感じているかが唯一重要な音符であり、目に見えない内なる平安に幸せは浮かぶ。
人間も、星たちも、すべて目に見えない演奏者が奏でる不思議な調べに合わせて踊っていて、
あなたの道は、これまでも、これからも、完璧に決まっている。それでいて、完全に自由だ。
ある日の朝、女の子がベットの上で目を覚ました。ところが、夫は彼女が誰だかわからない。
夫は金切声を上げて逃げ出し、警察を呼んだ。彼女はひとり途方に暮れながら街をうろつき、
長年の友人に会ってもわかってもらえずに、自分は存在しなかったようであることに気づく。
そして、とうとう自分の生まれ育った実家の両親を訪ねて、すっかり打ちひしがれてしまう。
両親に、あなたなんて見たことがないし、自分たちには娘はいないと言われてしまったのだ。
友人も、家族も、帰る家も失くした彼女は頬を涙で濡らしながら、あてどなく街をさまよい、
やがて公園のベンチで猫のように眠り込んだ。翌朝、起きると彼女はベッドの上に寝ていた。
隣にはちゃんと夫もいる。彼女は安堵の表情を浮かべて、ほっと肩を撫で下ろしたのだった。
だが、振り返った夫に唖然とする。それは夫ではなく、見たこともない彼だったからである。
彼女は言葉を失った。彼は一瞬で彼女の社会的なしきたりの壁をすべてぶち壊してしまった。
いかなる言葉も持たない状態が静寂である。そして、沈黙の木には平和の果実がなるだろう。
家族と口づけを交わし、長年の友人にさよならを告げ、故郷から遠く離れることはあっても、
あなたはやはり出会う人たちすべてを、ハートに、自分の内に、魂の記憶として伴っている。
なぜならば、あなたは世界に暮らしているのでなく、世界があなたの中に生きているからだ。

小さな私にできたこと。それは他でもない。相手に耳を傾けることだった。


NICOLETTA CECCOLI

(画:ニコレッタ・チェッコリ)



「ねえ、あなたと一緒に暮らすのって、まるで、裸で暮らしているみたいね」
「なぜって、あなたがいちばん自分らしくいられるのは他に誰もいないときさ」

ひとりの女の子が愛する恋人の家を訪れ、扉を叩いた。 中の声が尋ねる。「あなたは誰?」
「私!」 と彼女は答えた。すると、中の声が囁く。「ここに私とあなたのスペースはない」
そのまま扉は閉ざされた。 彼女は人里はなれた自然に隠れ、孤独と沈黙の中で一年過ごした。
そのあと再び元の家に戻ってきた。彼女は扉を叩いた。 中の声が尋ねる。 「あなたは誰?」
「あなた!」 と彼女は答えた。すると、扉はゆっくりと開き、そこには彼女しかいなかった。
人生は決して「あなた」と「誰か」のドラマではない。「あなた」と「自分」の関係である。
あなたの真実をひとことで表現するなら、それは愛である。 でも、愛には二種類の愛がある。
通常、私たちが愛を語るとき、そこには二人の人物が登場する。「私」と「あなた」がいる。
そして、二元性の背後には、常に誘惑と混乱のドラマが待っていて、必ず欲がついてまわる。
基本的に、誰かが「愛している」と言うとき、「何かが欲しい」ということを暗示していて、 
欲しいものは、心の隙間を埋めたい、孤独や劣等感から逃れたい、過去の痛みから脱したい、
或いは、お金だったり、安全や保障や力の証明だったり、愛情や慰めや優しさだったりする。
お互いが「欲しい」と言っているのである。それが何であろうと愛するという行為を通して、
自分に足りないと恐れている欠乏感を相手によって満たしてもらおうとしているに過ぎない。
そのとき、自分は相手の欲しい何かを与え、見返りに、相手は自分の欲しい何かを供給する。
この需要と供給のバランスがうまくいっているときは、二人の契約もわりかし良好なのだが、
いったんバランスが崩れると紛糾がもちあがり、付き合う前より小さくなった自分に気づく。
これは本来、「愛」と呼ばれるようなものではなく、「ビジネス」と呼ぶべき商取引である。
しかし、この過程において、あなたは不毛の愛、偽の自分、幻想とは何かということを学ぶ。
ほんとうの愛の中では、「私」と「あなた」という意識の分離が消えていなくてはならない。
あなたが大いなる自分に目覚めるとき、恋人を外側の誰かに求める次元は既に卒業している。
あなたは自分の内側に恋人を見い出している。では、恋人の家の扉はどこにあるのだろうか?
それはあなたのハートだ。 ところが、何かを欲しがっているあいだは無限の扉は開かれない。
二人分のスペースはここにない。自分が消えたとき、扉が開く。そして、あなたは愛を知る。
それはあなたが想像するような愛ではなく、あなたの知識と理解と経験を遥かに超えていて、 
一度、この愛に浴すれば、実際問題、すべては光の海によって構成されていることがわかる。
宇宙全体が完璧に満たされていることに気づかされる。つまり、 あなたが光そのものなのだ。
あなたが自分自身と再会を果たしたら、もう二度と、他の誰か、他の何かでは満足できない。
あなたは人生の夢に、それを越える喜悦は存在しないことを疑う余地なく細胞レベルで悟る。
あなたは文字通り、この世にいながら、この世の者ではなくなる。幻想に終止符が打たれる。
あなたは地上には欲しいものがなくなり、内なる天国をのぞいて、誰も、何も必要としない。
必要なお金や、人や、状況や、知恵や、洞察は、求める前に幾らでも向こうからやってくる。
あらゆる価値観は逆転し、すべての人と無限の愛を分かち合うこと以外は何も望まなくなる。
あなたはそれを気づかせようとする。新しい役割を演じる。あなたが魂を歩きはじめるとき、
すべての人たちはあなたの愛する家族であり、すべての場所はあなたの美しい家なのだから、
あなたの言葉は誰にも信じてもらえなくても、あなたの光輝く静寂を誰もが耳をするだろう。
あなたがいちばん自然である場所、創造の場において、過去の因果の鎖に縛られてはいない。
小さな針によって刻まれている魂は死んでいる。時計が止まるとき、はじめて息を吹き返す。
人間は弱い。群れれば、いつしか初心を忘れる。どこかで自分のほんとうを見失ってしまう。
誰もが皆、人生の中で一度は手に入れようと目指した黄金に、きっと、あなたはなれたんだ。
走ることに慣れた速さで息をする。何処へ進むのか。なんとなく耳を澄ます。薄れがかる空。
忘れものはもうないのかと肩越しに呼ぶ風。手にしたものを埋めて愛は根をはる。さよなら。

神を信じる者に神を知ることはできない。真実はそこへ至る道のない土地である。

あなたが自分を使わなくなったとき、 本来の仕事をするだろう。

あなたの人生を通して、神のシナリオが動き始める。

奇跡は何も起こらない。ただ、元に戻るだけだ。

戦争は平和である。自由は屈服である。無知は力である。
それでも、“偉大な兄弟”の顔は数秒間、スクリーンの上に存在しているかのように見えた。
それが与えたインパクトは、消え去るには鮮明すぎるとでも言っているようだった。
(「1984」より)

NICOLETTA CECCOLI

(詩: ジョージ・オーウェル/画:ニコレッタ・チェッコリ)

IO SONO GRATIS COME UN RAGAZZO.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 貴婦人Aの蘇生 2009.05.22 Friday
CHI TACE ACCONSENTE

「もし一生懸命働いて、欲しかったものをぜんぶ手に入れたら、私は満足するの?」
「飼っている猫に好かれなかったら、たぶん空しいだけだろうね」




動画

(音:ビョーク&トム・ヨーク)


ARIETTA

私は考えることをやめた。

閉ざされた目蓋の裏で光が動いた。私のからだが宙に浮かんだ。

私は空しい冒険から戻ってきたお人好しの馬鹿者だった。

私は時計を見ているときのような情けない音を立てて爆発したケチなダイナマイトだった。

私は市役所の壁を這いのぼってゆく桃色の斑点のある虫だった。

(レイモンド・チャンドラー「さらば愛しき女よ」より)


100drine

OGNI UNO DI NOI HA UNA STELLA DA SEGUIRE.



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 重力ピエロ 2009.04.15 Wednesday
LA CIGALE ET LA FOURMI

「ここには、おかしな人が多いと聞いて来たの」
「お嬢ちゃん、あんまり誰かを崇拝するのは自由を失うということだ」

おひさしぶりでこんばんわ。いやあ、もうすっかり春ですね。というか、暑くないですか?
昨晩、公園で猫と一緒に木登りの練習をしていたらセミが歌っておりました。セミですよ。
春にセミが歌うなんて松尾芭蕉もいまごろあの世でさぞかし困惑していることでしょうね。
私の家は、時計、新聞、テレビ、カレンダーがないのでバイオリズムもきりきり舞いです。
さて、さて、時事ネタにめっぽう疎い私ではございますが、流行になると輪をかけて疎く、
世間のブームが過ぎ去ってから2年後くらいにマイブームなんて日常茶飯事でございます。
ほぼ日と友達の口コミだけで創造される私の世界観はおそらく四畳半で足りるのでしょう。
デスノートがマイブームになったときは映画がとっくにツタヤで旧作になっておりました。
そんなスロウな日々に、友達から「わさお」という面白い犬がいるとの情報が入りまして、
あら、やだ、私、尾も白い犬には目がないのなんて年甲斐もなくはしゃいでしまいました。
実際、わさおブームは去年だったらしいのですが、遅ればせながら拝見させて頂きました。
夢だけ見ていればいい?見つけたのに目を閉じた。口を閉じれば呆れる嘘も聞かずに済む。
守れないなら、どんなことでも約束できる。きっと電話するよ。それじゃあ、またあとで。


(・ω・d)~~~~~~~~(b・ω・)モシモーシ


わさお・・・・・

わさお

わさお・・・・・

わさお

わさお・・・・・

わさお

わさお・・・・・

わさお

わさお・・・・・

わさお


(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-・・・・・モンスターズインク


「なんで、あなたが犬なんかでいられるのかと、時々思うわ」
「配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味であれ」

いっ、いったいなんですの。この毛のかたまりは寝起きのダスキンモップのできそこない?
いや、待って下さい。目と鼻がついているところからして、わさおはどうやら生物らしい。
だとすれば、これなに?ライオンに成り損ねた猫かしら?猫にしては顔が物凄くアホです。
アホな顔にかけては私もそこそこ自負がございますが、わさおはアホの次元を超えている。
アホの次元を超える?アホンション?2012年の意識変革はこんなところにあったなんて。
友達によると、わさおは青森在住の秋田犬。ブログが発端でいまや全国区になったらしく、
元々の名前はレオなのだけど、毛が異様にわさわさしているからとブログでわさおと命名。
人気上昇と共に、わさお目的の観光客が増えたので、飼い主もわさおに改名したとのこと。
秋田犬ならぬその風貌はブスカワと呼ばれ、テレビに出演するほど茶の間の人気者らしい。
ブスカワという矛盾が素敵です。ブスなのにカワイイ。カワイイのにブス。どっちやねん!
でも、犬は呑気で天真爛漫ですね。ストレスで過労死する犬なんて見たことないですもの。
私が犬を尊敬する点は「自分を気に入っていること」で、犬は自分が毎日お気に入りです。
なにも持っていないのに自分はいつでも百点満点。きっと嬉しくて仕方がないのでしょう。
知らないでバカなのは元からバカですが、知っていてバカを演じるのはけっこう好きです。
神の力がなんであるにせよ、神の最初の姿が、決して絶対的な全知全能のそれではなしに、
自ら制約して人間のレベルに降り立った姿なら、思い込みに無理やり合わせるのではなく、
ありのままを素直に安心できれば、今日過ごすのがずっと簡単になるのかもしれませんね。
私の言葉はすべて下手な楽譜に過ぎない。記憶に囚われていると現実は断片化してしまう。
犬がそうであるように、恐怖した動物は降伏のしるしとして自分の腹を見せるのだと言う。
許してくれということか?しかし、人間は既に動物としての領域さえをもはみ出している。
あなたが自分はあそこにいたんだと気づいたときには、あなたはもう「ここ」にはいない。
振り返ることができるのは通り過ぎたから。そして、最後にあなたの近くで出会うだろう。

「ほかの人の名前を忘れると、ちょっとやるせない気持ちになるものね」
「でも、自分の名前を忘れるのは、気楽でいいものだよ」

現代社会における最も顕著な現象は人間がはっきりとした実相を示していないことである。
どうして人間は画一的になったのか?それは子供のときから言葉で飼い慣らされたからだ。
合理的な認識や価値観の植え付けが、生命の特異性を消し去り、相似体を作り上げていく。
科学というのは一種の物語であって、人類が導き出したひとつの思考パターンに過ぎない。
考えてごらん。科学こそ、最も新しく、最も攻撃的で、最も教条的な既成概念なのだから、
科学も、政治も、宗教も、集団の信念体系という意味ではまったく同列なのかもしれない。
言葉の作用というのはそういうものだよ。言葉にすると本質の大半が失われる場合が多い。
名前をつけることで、わかった気になって、大切なことはほとんど忘れてしまうのである。
多くの人々があなたを様々な言葉で取り囲むだろう。あなたに色々なドラマを語るだろう。
あなたは「正しさ」について教えられきた。正義とか思いやりが大切だと聞かされてきた。
だから、間違ったことをしたと他人に非難されると、あなたは恐れてルールをこしらえる。
これは善い、これは悪い、そんなルールで自分が傷つかないように裁判所の厚い壁を作る。
ところが、ルールに従うと生命の歓喜や静かな情熱を感じることをあなたはやめてしまう。
あなたは演奏に息吹を吹き込むことをやめ、行動はさびついた自転車みたいな奴隷になる。
あなたは懸命に努力するというゲームをしていないと虚脱感に襲われてしまうかのように、
物事を深刻に考え、人の目ばかり気に病み、束縛の重力で身動きがとれなくなってしまう。
あなたが人生を内から観るなら、あなたがどれだけ自分を低い点数で過小評価しているか、
あなたが掴んで放さないルールのために、どんなに多くの力を閉じ込めているかがわかる。
あなたは必死に生き延びてきたサバイバーなんだ。それは決して恥ずかしいことじゃない。
人生の多くはあなたを傷つけた。嘘はサバイバーがいちばん楽に逃げ込める場所だからね。
そこでは御自慢の理性だけが頼りになる。だけど、そこは暗い場所だ。そうじゃないかい?
だから、怖くても自分と向き合うことだよ。人生はリアルなんだ。見栄を張る必要はない。
それに私はあなたの嘘なんかよりずっと大きい。幻想なんかへっちゃらで乗り越えられる。
感情は魂の色。信じられないくらい見事なんだ。耳をふさぐと世界はどんよりしてしまう。
色彩を奪われたあなたの人生が、どれほど単調な世界になってしまったかに気づくだろう。
あなたが信じている自分が真実とは限らないのだから、自分を見直す勇気を出してごらん。
あなたが自分を許し、緊張の糸を解き放つほど、感情ははっきり見る手伝いをしてくれる。
とどのつまり、人生をマスターすることは自分自身と仲直りすることなのかもしれないね。
どんなストレスのさなかでも「自分のやり方」を卒業した人には救いはすぐにやってくる。
そもそも、地球に来たとき、あなたは他人に導かれて人生を送るつもりはなかったんだよ。
他人の関心は長続きしない。母親があなたに関心を注いでくれたのはどれくらいだろうか?
恋人があなたにだけ関心を寄せてくれたのはどれくらいだろう?数年?そう、長くはない。
誰もあなたの世話係として生まれた訳ではないから、あなたを満たすことなどできないし、
相手にとっていちばん大事なのは、あなたではなく、自分があなたをどう感じるかだから、
相手はあくまで自分にとって好ましいように、あなたを変えようとしたり、導こうとする。
そのため、あなたは暗い気分になる。重さを感じる。感情は理性の嘘より先に真実を歌う。
なぜならば、あなたは自由な創造者で、自分のために生きていることを知っているからだ。
あなたは山の頂上へ行きたい。ラジオと長持ちする電池を持って愉快な音楽を聞くといい。
理性の最後の一歩は、理性を超えるリアリティが無限に存在することを認めることである。
そして、自分の内面的により真剣に生き始めた人は、外面的によりシンプルになっていく。
あなたが持っていないもので私があげられるものはなにもなかった。なにもないとはいえ、
あなたは自分自身を受け入れた。私から受け取ることを学んだ。それが私からの贈り物だ。
人差し指で空の向きを調べる。今日も降ってくれるといいな。ピアニカに似た雨音の群れ。
息を切らした犬が走る。そっと沁みていくぬくもり。まどろむ夢の中。さめたら流れ出す。

なにかを隠す最良の方法は、わかりやすい場所に保管することである。

これは目覚まし電話だよ。だから、目を醒ませ。いま。

今日という日は、実際にはなかったんだ。

そして、私たちはそんなこと怖くない。

人間は作品を理解するには作者の内部に入り込まねばならない、とかなんとか言っている。
だが、いざその内部なるものを目のあたりにしてみると、別にたいしたものはなにもない。
少なくても、他人と比較して特に変わったところなんてなにもないんだ。
(「幽霊たち」より)

奈良美智

(詩:ポール・オースター/画:奈良美智)



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 猫を抱いて象と泳ぐ 2009.02.22 Sunday
RUE DE LA CHOCOLATERIE

本日はどうやら「猫の日」らしいので・・・


気まぐれビデお




入る寝子



動画



ねえ、いま汝なの?

あなたに帰る家はあるの?

あなたは時計を探していると言う。

猫の居る家には、宝石や装飾品はいらない。

すべての猫は、その部屋でもっとも美しい女性である。

流れるような肢体に、解答のないパズルのように艶やかで滑らかな皮毛を持つ美しい傑作。
どんなに長く、たくさんの猫たちと暮らしても、けっして知り尽くすことのできない存在。
どんなに愛されても、どんなに愛されなくても、けっして自分を失うことのない稀有な瞳。
猫は社会の規範に添って生きることはないし、決められた行動様式に合わせることもない。
だからこそ、猫は創造的な人間と結びつくのだろう。芸術家は猫を愛し、兵隊は犬を愛す。
実用性がすべての価値判断の基準とされる飼い慣らされた社会において、人間は犬を好む。
それはあなたの責任じゃない。だって、いままでもずっとそう。希望にノーとは言えない。

猫を尊重することは美的感性を築くための第一歩である。

はたして、どちらのほうが美しいのだろう・・・

猫の造形か?それとも、猫の静寂か?

いつもどおりの風。違うな。

いまなら解るでしょう?

猫に小判 (= ̄ω ̄=)ノ〇

山城えりか

(画:山城えりか)

COLETTE

犬は犬、猫は猫であって、お調子者でいなか者の犬とは違う。

だから、みなさんから猫にご挨拶を。
でも、猫は、人様になれなれしくされるのが大嫌い。
そのことをけっして忘れてはいけません。
猫たるもの、人間から敬意を表されるのは至極当然なこと。

再度、申し上げておくが、犬は犬、猫は猫だ。

(T.S.エリオット「キャッツ」より)

ジジ

LA NUIT TOUS LES CHATS SONT GRIS!



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 死体置き場でロマンスを 2009.02.09 Monday
良心は、人を臆病にしてしまうものだ。泥棒しようとすると咎めやがる。
良心は、人の胸の中で謀反を起こす大変な寂しがり屋だ。
(シェイクスピア「リチャード三世」より)

私たちは必ず、自分のバイブレーションのレベルに応じたものの見え方や体験をすると言う。
人は生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかという問題に直面したとき、
自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語にして記憶する作業を必ずやっている。
人生はとても興味深い。語り続けていると、そのうちそれが人生経験の中で複製され始める。
「あなたは幸せですか?}と誰かに尋ねてみても「わからない」と答える人があんがい多い。
そこでこう聞いてみる。「夜、眠りについたとき、朝、目を覚ますのが楽しみですか?」と。

「猫って九つ命があるんでしょ?」

「ああ、だから猫は死なない。命の一部を失くすだけだよ」

神は細部に宿る。ミース・ファンデルローエが語るとおり、細部は癒しをもたらしてくれる。
誰もが抱えている心の痛み。その痛みと向き合うことによって、私たちは人や世界と繋がる。
癒しは、病気や、挫折や、喪失など特定の出来事に結びついた痛みへの救済として始まるが、
最終的に癒されるのは、すべての痛みの根底にある地中に埋もれた「大いなる嘆き」である。
それはまるで錬金術師が作り出す人工生命体、ホムンクルスのようなものなのかもしれない。
過去の経験によって背負わされた痛み、エゴが映し出す人工幻影体は心の深層部に住みつき、
明かりの消えた主人が眠っているあいだに断りもなく泥棒のように家の中へと侵入してくる。
泥棒は主人に成りすまして人生を操り、痛みを糧に成長しながら数々のドラマの引金をひく。
新たにこしらえる痛みは過去の痛みと合わさリ、被害者意識は雪だるまのように大きくなる。
泥棒は痛みを欲し、不満や非難や不運を招き寄せ、主人を自殺にまで追い込むことさえある。
しかし、だからといって、昼の影と争っても消せないように幾ら闇と闘っても退治できない。
それどころか、退治しようとすると葛藤が生まれ、結局、痛みはますます黒くなってしまう。
それはシャドーボクシングのようなものだ。実体のない幻影は光が見つめると消えてしまう。
そのことに私が気づいたのは、ほかの多くを学んだときと同じように、偶然によってだった。
あるとき、私は自分の中をのぞいてみようと決めたときがあった。特に理由は見当たらない。
私は心の表面に浮かんでくるものを公平に見つめ、それを観察しながら心の露天掘を始めた。
自分と向き合うことはときに痛みを伴い、少しづつ受け入れていくたびに解放感が生まれる。
自分の心を作り上げている知識が嘘であることを把握するまでにそう長くはかからなかった。
私は自分を知っている筈だったが私は自分について信じていることを知っていただけだった。
そして、自分について信じているものを変容させるにはすべての嘘を捨て去るしかなかった。
最後は沈黙だけが残る。それは馴染んできたそれではなく、矛盾から解脱した安らぎである。
すべてが氷解し、私の中で物語がひとつの繋がったのは正にそのときだ。点と点が結ばれて、
細部が埋まり、話の道筋が綺麗に通った。イメージや記憶が強く蘇る。私は自分がさらわれ、
この世の外に連れていかれるように感じた。色々なことを思い出し、涙が頬を伝って流れた。
心の痛みを感じるとき、将来の不安で潰れそうなときや、過去を思い出すのも耐え難いとき、
私は現在に注意を払うことを学んだ。この瞬間は私にとって常に、唯一、安心な場所なのだ。
私は息を吸い、吐いている。目を閉じるとき、呼吸をするたびに沈黙を感じることができる。
そのことを発見した私はそれぞれの瞬間に美がないことはありえないと気づくようになった。
朝に目覚めるのはこの世に生まれるのと変わらない。生まれ出た日と同じようなものである。
私は首をかしげ気を取り直す。それは待ち焦がれている夜がまたきっと訪れるでしょうから。
完璧な一日をどうやって習得しよう?グラス6杯の水と7回の電話。独りなら私はただの人間。

「私はたくさんの嘘を聞かされてきたのね」

「知っているよ。誰でも同じなんだ。ただ、私はその嘘を信じなかっただけさ」

誰もが自由について語る。世界中で、異なる国や、民族や、宗教が自由のために闘っている。
人生には自由を妨げる方向に働く様々な制約要因がある。両親から引き継いだ遺伝的な要素、
個人的なDNA、独自の代謝作用、魂を束縛する心の病、周囲から受ける社会システムの影響、
脳のシナプスの結合や経路を作り出す要因というのもある。それから、広告やプロバカンダ。
こんなにも、多面的、多角的な阻害要因が集まっている中でどこに自由なんてあるのだろう?
そもそも、自由というのは自分がしたいことが自由に何でもできるという意味なのだろうか?
例えば、結婚して自由でなくなったという人もいる。そして、離婚してもまだ自由ではない。
ある人は政治の責任だと言う。ある人は運命や、才能や、家庭や、前世や、神のせいにする。
なぜ、人間はありのままの自分を許せないのだろうか?あるがままの自分でいることの自由。
自由であることを妨げているのは何なのだろうか?それはあなた自身が妨げているのである。
あなたは自分を自分で無知だと見なし、様々な疑問に対する答えを自分の外側に探し求める。
その結果、物質の次元で物事がどのように働いているかについての論理的な証拠は得られる。
ところが、自分の外側に答えを求めるという習慣により、成長するにつれて魂は抜き取られ、
自分が自分の人生の創造者であるという自己感覚、リアリティからどんどん遠ざかっていく。
ほとんどの人が社会システムに適応していく過程で自分自身から引き離され、自由を見失い、
自己感覚を信頼しない人に囲まれすぎて生まれ持ったバイタリティはだんだん衰えてしまう。
創造性が眠り込ける最大の理由は他人に認められることが正しいとプログラムされることで、
もちろん、両親や先生は善意で「社会システム対応クローン人間」を製造しているのだけど、
飼い主に従い、しつけと異なる価値観には後ろめたさを覚えるよう思考パターンを形成する。
自分を愛すことも、許すこともできない。錯乱した矛盾は自分が誰なのかさえも忘れさせる。
社会は規範を要求し、自分との繋がりを大切にしなさいと励ましてくれる人はあまりいない。
真実はひとつだと言う。それはとてもいい口実だ。なぜならば、真実はたくさんあるからね。  
多くの人は、一所懸命に働き、善行を積み、代償を払い、苦しみを経験しなければならない。
そうすれば、褒美を与えてもらえる、取引きの見返りとして幸せを受け取れると信じている。
それこそヒューマンドラマなのだと語る。小説や映画もそうやって描かれているじゃないか、
人生は修行だと誇り、自分を苛める。ところが、不幸な旅にハッピーエンドはありえないし、
神のモデルである親の愛をぜんぶ足しても、あなた自身の愛にはぜんぜん及びやしないから、
あなたが目を覚まさない限り、キャストと場面設定だけ代わる同じ脚本を演じ続けるだろう。
自分の善良さを証明しようとする努力そのものが自分は嘘つきだということを意味するのだ。
苦悩は聞き飽きました。いいです。もういいですよ。それがバレた暁には潰しが効かんよね。
いつか叶うようにとどの面さげて言うんだろう?その思いもやがて忘れてしまうんだそうだ。

「それじゃあ、私は何をすればいいの?」

「すべきだと思うならやめたほうがいい。そうしたいと思うならやってごらん」

人間は他人の答えに従えと教える。魂は他人の教えは放り出して自分で創りなさいと励ます。
変化にはふたつあるのを知っているだろうか?それは外圧的な変化と自発的な変化のことで、
外からの変化は強制的に降りかかる。内からの変化は時間をかけて、悩んだ末にやってくる。
だから、自由であるためには先ず自分が自由ではないことにあなたが気づかないといけない。
それがすべてのきっかけになる。ルールや法則は関係よりもシンプルだ。それは確かだろう。
でも、社会システムはあなたの心の質問に答えてはくれないし、あなたを愛してもくれない。
鳥を見てごらん。鳥はたいてい飛ぶように創られている。鳥たちにとって空を飛ばないこと、
土の上に降りることは、飛ぶという能力の範囲内での特殊な条件で、その逆ではないんだよ。
それからあなた。あなたは愛されるように創られている。だから、あなたが愛されないこと、
愛されていないかのように生きることは、愛の中での特殊な条件で、その逆では決してない。
ほんとうに簡単なことだよ。存在は外見を超越する。外見なんてホログラムの鏡像だからね。
確かに調子狂うかもしれない。だけどね、ここで外見を気にしているのはあなただけなんだ。
それに嘘をつくのは容易でも、嘘を嘘だと気づくには、その何十、何百倍もの労力がかかる。
あなたは心の扉に内側からすぐ鍵をかけたがるけど、あなたみたいな人間はたくさんいるさ。
小さな場所に悪魔と閉じこもっちゃう天使がね。でも、泥棒はいずれ必ずあなたを裏切るし、
あなたが望むものを持ってきてもくれない。こうしてあなたはまた私と出会う機会ができる。
嘘というのは小さな砦のようなものでね。その中にいると自分が安全で力強いと感じられる。
嘘の砦から人生を動かして、他人をコントロールしようとする。だけど、砦には壁が必要だ。
だから、あなたは必死になって周りに言葉で壁を建てる。つまり、あなたの嘘の正当化だね。
大人だからとか、義務や試練や償いとか、家族を守るためとか、相手を傷つけないためとか、
あなたは何でも構わないから嘘をつくのが正しいことだと何としてでも自分に思わせたい訳。
なぜならば、あなたは感情と向き合うことを恐れているから。あなたは自分自身が怖いんだ。
あなたが嘘をつくのは儚いプライドを守るためで、人のためではないし、思いやりでもない。
とどのつまり、あなたは他人を喜ばせようとして自分を裏切り続けているのかもしれないね。
別に罪悪感を感じるようなことじゃないんだよ。私はあなたの過去や未来には興味がないし、
どんな言い訳を並べても罪悪感はあなたが私の中に自由を見い出す助けには決してならない。
せいぜい外見的な何かの倫理や社会システムに従おうという不毛な努力を強化するだけでね。
私にとって大事なのはあなたの感情だけで、そのささやかな炎は永遠に「いま」にしかない。
あなたの感情は魂の歌である。それはあなたの完全性からやってくる偽りなきリアルである。
呼吸が目を醒ます。世界を元通りにしようだなんて、あなたはそんなに夢見がちな人間なの?
それなら私は永遠にあなたの家にいることにしよう。ここでは2+2はいつでも5になるんだ。

「いつもこんなふうに一緒いられたらいいのにな」

「私の青写真はいつも、私があなたの中で、あなたが私の中で生きることなんだよ」

あなたは一時的に自分を忘れているだけだから自由に戻ることは決して難しいことじゃない。
体の膜で生命の胎動を感じてごらん。そうすれば、あなたは自分に根を降ろすことができる。
あなたが自分から逃れられないと諦めることができたら「いま」と友達になってみてはどう?
「いま」と友達になると、どこにいてもあなたはおうちにいるような平和な気分でいられる。
感情を意識すれば自分との繋がりやズレは感じ取れるし、ひとつに重なるほど、嬉しくなる。
そして、人生は感情の投影だから、あなたの感情がカタチとなって人生経験は創り出される。
とどのつまり、他人に心を煩わせて精神を消耗したり、自分と他人を一致させることよりも、
自分と自分を一致させることのほうがあなたにとってよほど大切な責任なのかもしれないね。
なぜならば、嬉しいことが起きたから嬉しいではなく、嬉しいから嬉しいことが起こるから。
人間は論理的に考えれば考えるほど創造的ではなくなり、自分の本質が歪んで世界が曇るし、
ときどき創造者になることは容易く、思いどおりに運んでいるときは誰でも心が晴れるけど、
どんな状況でも自分との繋がりを保ち続けられるとしたら、それこそ真の創造性の証なんだ。
あなたが誰かを権威として受け入れると、いずれは不安を抱き始め、その結果は混乱だから、
あなたは心の中を大掃除して外界の人がわからないほどの沈黙に対する絶対音感を開発する。
あなたはすべての中へ開き入れる扉の前に立ち、あらゆる自己限定の鎖から自分を解き放つ。
もはやこれまでのように何かに怯えて偽者を演じるような社会システムの奴隷ではなくなる。
あなたはもうドラマを選択しない。あなたは遊びを選択する。人生を楽しむことを選択する。
あなたが三歳か四歳の赤いほっぺのお嬢ちゃんで、リアリティを保ったまま生きていようと、
そういう自分をしばらく忘れていて、また再び思い出したのであろうとどちらでも構わない。
約束された場所であなたはきっとこう叫ぶ筈だ。「このためにこそ、私は生まれてきた」と。
偉大な芸術家がみんなそうであるように、あなたは完璧なバランスをいつも探し続けている。
自分がぴったりと収まるパズルの最後のピースを求めている。そして、それは必ず見つかる。
だから、バランスが崩れてバラバラな一枚の絵を見ているときでも慌てる必要はないんだよ。
あなたが感じるズレは自分が内から外へと変容する準備が整いつつある回覧板かもしれない。
あなたがいちばん望んでいるのは、金や、名声や、成功や、幸せや、健康や、美貌じゃない。
理想の結婚相手でも、春物のワンピースでも、クリームコロッケでもない。自分との調和だ。
しかし、社会は寄ってたかって複雑にしているんだな。ねえ、それ流行ってんの?孤独主義。
温かな生活。少しの朝食と少しの幸せ願う朝に鳩は回ってる。現実から遠くへと連れていく。
穏やかな午後。幻を見た真昼のミステリードライブ。束の間に愛よ。渦にのまれ消えていく。
どれも未知のことばかりでした。でも、ぜんぶ自分で決めました。そして、何ひとつとして、
これまでどおりにはやりませんでした。今晩、眠りについたとき、私はすこぶる幸せでした。

あなたは、芸術作品に、音楽に、沈黙に、私を見るでしょう。

ルールや法則や真実を探すのはやめなさい。

あなたは「関係」を探すの。

私と共にいる感情を。

それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、
大きく育て、松明としてかざして生きていくことができる。
でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。 
(「スプートニクの恋人」より)

山本容子

(詩:村上春樹/画:山本容子)



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 共同幻想論 2009.01.12 Monday
RUE DU VERSEAU

成人式をお迎えのみなさん。おめでとうございます。

読んで字の如く、今日からみなさんは晴れて人に成ります。

資生堂マキアージュのアギネス・ディーンに滅法夢中な今日この頃。

いったい何なんでしょう。あの子の存在感の美しさは。コンチクショー!

見かけは嘘だなんて嘘に決まっています。何だかんだ言っても「人」は見かけです。

君は深夜三時に一人会議をしていた。そろそろ変化が訪れる。遂に憂いの時代に突入か?
君が嫌い。君もあなたが嫌い。それは奇遇だ。二人はとっても気が合うのかもしれない。
二人は何を見ているんだろう?雨の匂いや理屈に絡まって、よけい不愉快なんだろうね。
君が離れているあいだ、あなたの心は解けていく。ゆっくり解けてやがて毛糸の玉の中。
悪魔がそれを集めてにやりと笑う。二人の愛は毛糸の玉の中。悪魔は絶対返さないかも。
教わっているようでも教わっていない。ルサンチマンを抱えたクローン人間がごろごろ。
ほんとうは不安で、苦悩だとか、世代の主張だとか、空き地を争って傷を舐め合うんだ。

中身の同じ二人がおめかし着ぐるんで、悪魔と天使を演じ廃る飽く泣き一人芝居。

そわそわしたり、堂々巡り。いまではもう何を探しているのかもわからない。

システムに栽培された現実は時計仕掛けのドナルドダックなんじゃない?

君が泉を目のあたりにしたら、あなたは水瓶から水を得ようとしない。

あなたが戻ってきたときは新しい愛をもう一度だけ創らなきゃ。

君の出番だ。何やってんだ。まあ、いいか。いいよね。

キャー ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃 キャー

iPod

(画:iPod devil+iPod angel)

FANTASTIQUE

みなさんの人生はもう決まっています。

これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。
いえ、中年もあるかどうか・・・・・。いずれ臓器提供が始まります。
あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。

あなた方は一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。

(カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」より)


Apple

LA MER EST LA BERCEAU DE LA VIE !



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 そしてみんなうそをついた 2009.01.05 Monday
MAILLOT JAUNE

あんただれ?

真昼間からとんでもないことをやっている。部屋の窓の景色はぜんぶ閉めるのがいいのかもな。
二人だけの明白な秘密は着たり脱いだりとさぞ忙しかろう。野性と理性のバトルが盛り上がる。
夜が昼よりも明るくてそれがわかっていない二人は言葉にならない気持ちを誇りに想っている。
何を犠牲にしても心が傷つかないように、巡り会うたびに溺れて、探り合うたびに嘘を重ねた。
流れ落ちる早さで追いつけない訳を知って深く鮮やかな色に染まっていく。で、何を失くした?
時間が過ぎればすべて変わってしまう。たまには家を天井から眺めるのも悪くないんじゃない?
歳は関係ない。大事なのは経験だよ。百まで生きても何も経験しない人だっているのだからね。
君は猫娘だった。ぐるぐる回って夜空の星が朝にかすんだら君はもう自分の毎日に戻らなきゃ。

明日は何時から?適当に帰れ。タクシーがない?ああ、そう。

派手なミスキャストだ。預かっている子が目を覚ましちゃう。

あの子のせい?よし、体に聞こう。

次の日の朝、私はベッドの上で目を覚ましたときから不可思議な感覚にしばらく包まれていた。
自分の体が自分の物ではないような宙に浮いた感覚。第三者的視点、神の視点とでも言おうか?
そして私が上から見降ろしている自分はけっして生物ではなく、言葉の塊のようなものだった。
私の立っているところはまるでいちばん素晴らしい夢の中にしか出てこないような場所だった。
だからこそ疑わしい。風景はこの上なく美しく、うっとりと酔いしれるような香りが満ち溢れ、
私の足は持ち主の気持ちもお構いなしに勝手に廊下を歩いて玄関先のポーチに上がっていった。
どこを見ても花が咲き乱れ、鼻腔をつんと刺激するハーブが混じり合った匂いを嗅いでいると、
長いあいだ忘れていた記憶がふと顔を出す。過去との繋がりをいちばん保っているのは嗅覚で、
何かの匂いをきっかけにして忘れていた意識が鮮明に蘇ることが多いとは以前から聞いていた。
いまの私は長いこと引き出しの奥に仕舞われていた幼い頃の記憶がちらほら浮かび始めていた。
ふいに強い香りが漂ってきて私は衝撃を受けた。このクチナシの香りは私の母の香水と同じだ。
私が自分を傷つけてきたことはよく知っていた。怒り、混乱していることもよくわかっている。
やっとのことで心の平衡を保っていた私は懐かしい香りが運んできた心地よさに揺さぶられた。
目の奥に涙が噴き上げ、心の扉を叩いているように感じた。ビデオテープは巻き戻されていく。
床の上に散ばったパズルの断片には二匹の魚が綱引きでもするかのように性反対に描れている。
瞬と瞬のあいだに広がる曖昧ではっきりした映像。私が知らない誰かだったらよかったのにな。
私は雨の中で最後を見届けるまでの時間をひとりぼっちで座って待っていることが嫌いだった。
私の愛でできた酸素が足りなくて心の裏返した部分に薄霧がかった穴がぽっかり開いてしまう。
海辺の向こう岸に一筋に並んだ足跡が私にのしかかってくる。私の時間が私たちの愛を食らう。
私は必死で感情のブラックホールに墜落しそうな胎内の鼓動を抑制した。泣く訳にはいかない。
涙が込み上げるのは止められなくても泣く準備はできていない。私は何より許しを恐れていた。
そのあいだも私の体は母親のように両腕を差し伸べて招き入れるような温かさを感じていたが、
私は何を言えばいいのかわからなかったし、そんなときに限って言葉は残酷なほど無力だった。
言葉がゼロならすべては言葉ということ。すべてが言葉なら見かけは嘘に過ぎないということ。
結局、喋らない世界で人間だけが饒舌なのかもしれない。しかも自らの美貌に気づきもしない。
だから、世間はいつだって偽善者を愛すのだろう。誰もが自分と同類の人間をひと目で見抜く。
美しい顔、醜い顔(と決めるのは理性の偏見だが)の背後に流れる至高の存在を受け入れたら、
表層的な見かけは消え、やがてまったくどうでもよくなる。すべての中、すべての存在の土台、
すべてを通じる輝石は現実として表れ、リアリティを覆い隠していた自己欺瞞は剥がれ落ちる。
私はいままでずっとこんな非理性的な世界と手を伸ばせば触れるほどの近さにいたのだろうか?
成長は変化であり、変化とは既知の世界から未知の世界へと踏み込むリスクを犯すことだった。
私は愛を感じていた。温かな、誘いかけるような愛に解かした黄色い涙は魂の癒しの水だった。
誰も端っこで泣かないようにと地球を丸くしたように涙と悲しみの両者はけっして共存しない。
いついかなる場合でも私たちは生まれたときに泣くのであって、それは死ぬときではないのだ。
潤びる耳の奥。薄れていく狂気と永遠の隙間。逆走する想いに官能する夜に安らかな夢は続く。
フィルムを巻くリズムはメランコリック。辿り着いた坂の終わり。横顔は窓越しに消えていく。
「まだ、用意ができていないのかい?もう君はあなたを傷つけたくはないんだ。そうだろう?」

私は小さく呼んでみる。体は答えない。私は言葉を休ませない。

時折、言葉は自らを恥じて、私の中で死のうとする。

そのとき私は愛している。

「しかし、だからどうだと言うのです?目覚めてるあいだに見る悪夢に比べれば、
寝ているあいだに見る悪夢のほうがはるかにマシだ。これこそ真実ではありませんか?」
「ええ、単純すぎて、ほとんどの人が見落としがちな真実だと想います」
(「ローズ・マダー」より)

藤田嗣治

(詩:スティーヴン・キング/画:藤田嗣治)



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
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王冠 セックスと嘘とビデオテープ 2009.01.01 Thursday
PRENDRE SON PIED

ああ、もうど、てしまめじは。

2009年の録音は今日が始まりです。

初日の出はお住みでしょうか?家は大洋ですか?

「王の口に耳を傾ける」と書いて「聖(日知り)」と読みます。

あなたが水色のガラスなら、たくさんの虹が海を仰ぎ見るでしょう。

やい、聞いてんのかコノヤロー!雑煮に入れるおもちの数は2個だぜ!

ワーワー言うとりますが、ジャンカジャンカジャンカジャンカジャーン♪

愛に満ち溢れた人の心は、それと同じぶんだけ雨の雫で体が濡れているように、
あなたが私の皮膚に触れたことがないのなら、あなたが私なのかもしれません。

大人になった君は傘を胸に仕舞うそうだ。また降り出したことを確かめながら。

勿体ないわ。愛されたいわ。足りないわ。なるほど、手が届かないんでしょ?

君はあなたに嘘をつく。いい歳だ。目を覚ませ。もうウインターセール?

夢見し夜のコレクション。ほんとうは誰のことも信じたくないのだろう。

それでもなにかを求めている。いっそ頭を解かしてみてはいかが?

あなたの体が、本能が告げる。「ゼロだよ。ゼロに賭けるんだ」

挨拶はベッド。そんな簡単マイヘッド。

お帰りなさい。

゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*♪

合田ノブヨ

(画:合田ノブヨ)

ESPRIT

木でできたものをこんこんとノックすることは止めなかった。

私はそれをいつもやっていた。「止めること」を根や樹皮に封印するために。

聞いて、と私は木にむかって話しかけた―――私がやっていることをよく見てて。

しるしをつけておいてね。気づいて。
 
(エイミー・ベンダー「私自身の見えない徴」より)


100drine
LE BONHEUR DANS SES BRAS!



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
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王冠 ギムレットには早すぎる 2008.12.31 Wednesday
LES OISEAUX BLEU

ああ、どうも、はじめまして。

2008年の録音は今日で終しまいです。

大掃除はお済みでしょうか?部屋は空ですか?

「心を受け入れている」と書いて「愛」と読みます。

あなたが透明のグラスなら、たくさんの水が入るでしょう。

やい、聞いてんのかコノヤロー!遠足のおやつは500円までだぜ!

ワーワー言うとりますが、ジャンカジャンカジャンカジャンカジャーン♪

来年も、あなたが数えきれないほど輝かしい贈り物を受け取っているように、
どこにいたとしても、あなた自身が美しく青きプレゼントで在りますように。

肌に合ったその場所で君は綺麗になれそうだ。邪魔なものを捨てればね。

記憶探しの旅ばかり。しかし、いつしかそれは妄想に変わっていく。

目まぐるしく世界は動く。ただ変わらないのは二人の立つ場所。

顔の輪郭よりも、髪の香りよりも、いま模様だけがぐるぐる。

昔はナイーブだったって、ときに君は幾つになるんだっけ?

あなたの体が、本能が告げる。「時間がない。急げ」

冒険はステイ。そんな簡単マイベッド。

逝ってらっしゃい。

(´・ω・`)ノ~☆・*。.:*・゚☆オヤスミ♪

松井冬子

(画:松井冬子)


AVEC

私たちは別れの挨拶をかわした。

車が角をまがるのを見送ってから、階段をのぼって、
すぐ寝室に行き、ベッドをつくりなおした。
枕の上にまっくろな長い髪が一本残っていた。
腹の底に鉛のかたまりをのみこんだような気持ちだった。

こんなとき、フランス語にはいい言葉がある。
フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、
その言葉はいつも正しかった。

さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ。

(レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」より)


にじいろのさかな
LE MIRACLE DE LA RENCONTRE !



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 キリストのパパ 2008.12.25 Thursday
HAPPY BIRTHDAY TWO YOU

大人ってかわいそうだね。自分より大きなものがいないもの。
よりかかってあまえたり、しかってくれる人がいないんだもの。
(「ドラえもん」より)

谷口智則

(詩:藤子不二雄/画:谷口智則)


HALLELUJAH

空があるので鳥は嬉しげに飛んでいる
鳥が飛ぶので空は喜んでひろがっている
人がひとりで空を見上げるとき
誰が人のために何かをしてくれるだろう

飛行機はまるで空をはずかしめようとするかのように
空の背中までもあばいてゆく
そして空のすべてを見た時に
人は空を殺してしまうのだ

飛行機が空を切って傷つけたあとを
鳥がそのやさしい翼でいやしている
鳥は空の嘘を知らない
しかしそれ故にこそ空は鳥のためにある

空は青い
だが空には何もありはしない
空には何もない
だがそのおかげで鳥は空を飛ぶことが出来るのだ

(谷川俊太郎「空の嘘」より)


トトロ

WELCOME HOME BACK !



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 音楽の海岸 2008.12.22 Monday
STELLA QUINTET

1. 官僚的なソナチネ−SINFONIA No.5
2. 神の子供たちはみな踊る−CHIAROSCURO
3. 目覚まし時計は歌う−DOLCE COMPAGNIA
4. 鳥は星形の庭に降りる−BIANCO NATALE
5. 美しく青きドナウ−RAGNAROK

藤岡 しんたろう

(画:藤岡しんたろう)


TI AMO

やあ、赤ちゃんたち、ようこそ地球へ。ここは夏は暑くて、冬は寒いよ。
ここは丸いし、湿ってるし、混み合ってもいる。それから、赤ちゃんたちよ、
きみたちがここで手にするのはせいぜい100年ってなもんだ。
私の知る限り、そしてここでのルールはたったひとつしかない。
赤ちゃんたち──『てやんでえ、てめえら、やさしくなくちゃだめだぜ』

(カート・ヴォネガット「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」より)


ドラえもん

TANTE COSE BUONE A TUTTI !

special thanks: Our friends,family and you




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 美しく青きドナウ 2008.12.17 Wednesday
RAGNAROK

きみとして、いまできるたったひとつのこと。たったひとつの宗教的なこと。
それは芝居をやることさ。神のために芝居をやるんだよ。
やりたいなら──きみが神の女優になるんだ。
(「フラニーとゾーイー」より)

奈良美智

(詩:J・D・サリンジャー/画:奈良美智)




 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
王冠 鳥は星形の庭に降りる 2008.12.10 Wednesday
BIANCO NATALE

臆病者は、ほんとうに死ぬまでにいくたびも死ぬが、
勇者は、たった一度しか死を経験しない。
(シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」より)

私は眠る前より、もっとずっと疲れていた。なのに、またも新しい一日が始まろうとしていた。
その一日が夜まで続くのである。それから次の日がやってきて、そのまた次の日がやってきて、
なんのへんてつもない毎日の積み重ね。恵みの雨を待つのがどうしてこんなに疲れるんだろう?
長年、私は自分の創造的衝動を抑圧し、創造性のすべてを他人を助けるために注ぎ込んできた。
そして、人生も折り返し地点に差し掛かった頃、ほかならぬ自分自身が助けを求めていたのだ。
当時、私は自分が誰なのかを知ろうと、数々の本を読み、人と出会い、熱心に道を探していた。
それでも常に物足りなさを感じていて、経験したことの多くは私の疑問を増やしただけだった。
誰も満足できる答えを持っていないか、自分の本質をどこかで疑っているかのように見えたし、
世間で教師と呼ばれるような人たちのメッセージはどれも真実ではなく、実験に過ぎなかった。
抱きしめていたいのか?それとも手放したいのか?はっきりしていないのか?わからないのか?
ほころびる性。昔からの不安。鏡の前、なにかが違う。でも、誰も私を助けてはくれなかった。
誰も私を救うことはできないのだ。ちょうど私が誰も救うことができなかったのと同じように。
私は弱っていた。あらゆるものが無意味に映り、自分を陽光を遮る黒い霧のように感じていた。
こうした冷たい絶望感に陥ることは当時の私にとってそれほど珍しいことではなかったのだが、
このときばかりは死んでしまいたいとさえ想っていた。私の生と死の境界線は既に消えていた。
正にそのときである。突然、頭の中で喋り続けていた声がピタリと止まる感覚に私は襲われた。
言葉でどう表現すればいいかわからない。とにかく奇妙で、なぜか心地よい懐かしさもあった。
私はエネルギーの渦にどんどん吸い込まれ、気づくとそこに藍の衣をまとった人が立っていた。
私は目を離すことができなかった。とにかく私は彼の青白い光に惹きつけられていたのである。
彼は私の前までやってくると「やあ、お嬢ちゃん、良く来たね。待っていたよ」と微笑みかけ、
私の左肩に自分の左腕を据えた。その途端、雷に感電したかのような閃光が私の身内を走った。
「僕は長いあいだ君と一緒にいたのに、君は僕に気づかなかった」と彼は歌い続けるのだった。
私は彼の香りに覚えがあった。それはずっと私の体で鳴り響いていた揺らぎだったからである。
そして、彼は私について知っていること、私のこれまでしてきたこと、私がこれからすること、
また、おそらくすべきではなかったこと(結局はたいしたことでもないが)を示したのだった。
なるほど、彼が極めて長い年月のあいだ私と一緒にいたに違いないことは確かに納得がいった。
というのは、彼は私の生活をすべてお見通しで、私はなにも告げる必要がなかったからである。
納得がいくと、今度は私がこれまでに学んだ知識を彼に知ってもらいたいという衝動が湧いた。
案の定、私は哲学や人生論や精神世界についての講釈を始め、彼もしばらく黙って聞いていた。
私は彼にある程度の印象を与えたと想った。少なくとも関心を寄せる価値はある筈と勘ぐった。
すると、彼は次の台詞を重ねた。「そんなのがほんとうかどうかはたいした問題じゃないんだ」
もし大きなハンマーで想いっきり私を殴ったとしても、このときほど驚きはしなかっただろう。
「お嬢ちゃん、今晩また会おう。君の旅行がうまくいくようにすべて準備は整っているんだよ」
彼は向きを変えると、完全にカラッポになってしまった私をここに残したまま消えてしまった。
私はカラッポだった。口数の少ない彼は私の内奥の子宮に溶けて、完全に私を変えてしまった。
私が昨日まで大事に持っていたものは、どれもみんな自分で勝手に作り上げた幻想だったのだ。
私の持ち続けていたものはただの偽物に過ぎず、そのために私は自分自身を見失っていたのだ。
抱えたままの私はどこを見ていたんだろう?振り返る口実と空回る両脚とがぶらさがっていた。
探り合う本質と直に触る傷口ならどちらが笑えるんだろう?どこかで出会えるととぼけていた。
いつか見たような手つかずの永遠は、短く刈り取られた一瞬の記憶とともに空へ消えていった。

「孤独」を知らない人間というのは魅力がない。
ひとりになれないものは、ふたりにもなれないそうな。

ねえ、ねえ、神様。サンタクロースが着ている赤い服はユニクロ製ってうわさはほんとうなの?
こんばんわ。最近ようやく納豆に辛子を混ぜると美味になることを知った昇天司会の歌丸です。
真面目に書く自分に飽きてきた今日この頃。今年を締め括る御題は「無知」。お嬢様とお呼び!
さて、無知とはいったいなんぞや?ズバリ!無知とは「あなたの頭の中にある図書館」である。
もしあなたが音楽をほんとうに聞いているなら、あなたは言葉と概念の向こう側がわかる筈だ。
あなたはなんと言っただろうか?たくさんの鳥が歌うのを聞いたと言ったのではないだろうか?
あなたが聞いたのは鳥の歌なのだろうか?それとも単なる頭の中のレッテルだったのだろうか?
あなたが鳥を眺め、歌を聞くとき、あなたはほんとうの音楽に耳を傾けていなかったのである。
あなたが鳥を眺め、そこに奇跡を見るとき、そのときこそ、あなたは遂に音楽を聞くのである。
あなたが音楽を聞くとき、言葉に表せない驚きで心が膨らんでいることを知っているだろうか?
音楽をあるがままに聞くことができるのなら、それだけであなたは既に満ち足りた人間である。
とどのつまり、無知とは「記憶」であり、魂を束縛する「制服(征服)」なのかもしれないね。
無知は次から次へと起こり、記憶はあなたの「私服(至福)」の自由にベールをかけてしまう。
無知というのは、知識や学習の欠如ではなく、記憶の混乱と葛藤であることがわかるでしょう?
人生の悩みや苦しみはすべて思考として始まる。しかし、思考を持つこと自体が問題ではなく、
あたかも自分を思考と勘違いして、主人が道具に使われてしまうことが唯一の問題なのである。
あなたが、なにが正しくて、なにが間違っているか決めかねて答えを外に求めているとしたら、
頭の思想や観念や信仰や道徳や常識の戦争に巻き込まれ、奴隷として捕らえられているんだよ。
あなたは模範者ではないのに、過去に拾い集めた既成のカタチに自分を利口にあてはめようと、
こう在るべきだと素顔を化粧で隠して、ご丁寧にもそれに合わして偽りの自我を形成していく。
私服の着こなしを自由に楽しむどころか、タンスの引出しには息苦しい制服ばかり入っていて、
あなたの心地よい部屋の空間は本棚と積み上げられた本に埋もれて差し込む光を遮ってしまう。
あなたの鏡に映る自分が、見たもの、聞いたもの、読んだものの上に組み立てられているなら、
あなたの見ている自分は虚像でしかなく、言葉に囚われている限り、自分自身には戻れないし、
どんなに真実を探して勉強したとしても、あなたは蓄音機でレコードが変わるだけに過ぎない。
そもそも、あなたはほかの誰かの音楽を歌うためにいるんじゃない。あなた自身が音楽なのだ。
魂は自身が完璧な愛の歌であり、あなたが頭にお口チャックしたとき、自神は内から外へ流れ、
あなたが彼の歌と調和すればするほど、感受性は鋭くなり、あなたの人生は美しい調べに鳴る。
人間が往々に陥る罠は自分が愛の源と繋がっていないという頭の巧妙な詐欺に騙されることで、
ほかの誰かの愛に救われようと依存を引き起こし、数々の痛ましいドラマに巣食われてしまう。
飢えた中毒者は売人なしに生きていけやしないから僅かな愛の切れ端を手に入れたいがために、
他人が自分の人生を支配することを許してしまう。なにをすべきで、なにをすべきでないのか。
なにを信じ、なにを信じるべきではないのか。どの服を着て、どの服を着るべきではないのか。
本を読み、自分のカタチを決めてくれる指導者(支配者)を求めて所狭しとあちこち走り回る。
「あなたがこのように振舞うなら、あなたは愛されます。それができないなら、愛されません」
魂の飼い慣らしは親に始まり、教科書や学者や歴史や社会や文化に重たい靴を履かされた挙句、
愛は条件つきの取引きにまで成り下がり、自分を必要としてくれる相手を探すドラマに溺れる。
こうして人は自分自身との結びつきを忘れ、宝物は物置きの奥深くに隠されてしまうのである。
あなたが生きているのは、創造の美を感じ取るため、そして愛と共に人生を楽しむためだけど、
あなたが自分自身に愛を見い出せないなら、仮に全世界の人があなたを愛してくれたとしても、
あなたの意識にはなんの変容ももたらさないし、あなたが満たされることは永遠にないだろう。
なぜならば、あなたをほんとうに幸せにできるのは他人の愛ではなくて、自分自身の愛だから。
あなたはいつのまにか夜中に一人でトイレに行けるようになったし、化粧もするようになった。
でも、ほんとうにあなたは変わったのかな?これを読んでいるあなたがほんとうのあなたかな?
想像してごらん。5歳のあなたと、20歳のあなたと、現在のあなたは自己認識が違うでしょう?
ということは、逆に言えば、アイデンティティなんてどこにも存在しないのではないだろうか?
あなたは自分はこういう人間だと自分で自分に催眠術をかけているだけなのではないだろうか?
新しく手に入れたものはいずれ必ず失われていく運命を辿るから、記憶は永遠のものではない。
記憶が一時的なものに過ぎないなら、自分は誰なのかといういかなる自己判断も永続性がない。
そして、永遠でないものは本質的に真実とは言えず、永遠でないのなら手に入れる価値はない。
あなたに必要なのは、ただ思考という道具を自分と勘違いする長年の習慣をやめることだけだ。
真実は探すことで実現する知識ではなく、思考のカラクリに気づくことで体験する感情であり、
あなたがニセモノを見極めたとき、それはホンモノに溶け合い、沈黙のリズムだけが内に残る。
ガラクタを捨てて部屋が完全に空のとき、自分の本性を自覚する静寂が向こうからやってくる。
記憶を捨てれば捨てるほど空間は広がり、空間が広がれば広がるほど光が差し込み、闇は去る。
あなたはあなた以外になろうとする虐待をすべて手放し、あるがままの自分自身を抱き締める。
自分はなにも知らないことを知るといい。あなたが受け入れた程度の人物に私はなるのである。
もはや混乱と葛藤は消えて、あなたは自由になり、宇宙のチャンネル(受信機)となるだろう。
そう遠い先の話じゃない。塩の人形が地上を何十年も旅を続けて、遂に大きな海に辿り着いた。
人形はどんなものにも似ていないこの青い奇跡の動く広がりにすっかり心を奪われてしまった。
「あなたは誰なの?」と人形が尋ねると海は優しく答えた。「私の中に入って確かめてごらん」
海に招かれ、最初は怖がっていた人形もとうとう小さな勇気を振り絞って海の中へ飛び込んだ。
海に入っていけばいくほど、人形は溶けて、もうほんの少ししかカタチは残されていなかった。
そしてカタチが消える直前、人形は歓喜に震えた。「いまこそ私は私が誰なのかわかったわ!」
どうしていままでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?もっと早く気づいてればなあ。
でも、いまここで気づけただけでもよかったわ。だって、もしずっとあそこにいたらと想うと。
やがて太陽が沈み、が訪れ、赤い林檎をふたりで一緒にかじってる。記憶は強烈に紛れ込む。
が理論の真上を鮮やかに行ったり来たりしてる。実はいつだってそう。甘いのは背中合わせ。
「私を愛してくれる?」「さっきは才能に気づかなかったね。あなたはハモリが上手いんだ?」


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<孤独な鳥の条件>

1. 孤独な鳥は、もっとも高いところを飛ぶ。

2. 孤独な鳥は、同伴者に煩わされず、その同類にさえ煩わされない。

3. 孤独な鳥は、くちばしを空に向ける。

4. 孤独な鳥は、はっきりした色を持たない。

5. 孤独な鳥は、非常に優しく歌う。


クエッヽ(・∀・。)ノクエッヽ(。・∀・)ノクエッヽ(・∀・。)ノ チョコボール♪

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あなたがどんなに愛していても、
いつか別れのときがくることを覚悟していますか?

人間は勉強しすぎると、その不自然で人工的な知識が自由な発想を制限してしまうことがある。
でも、自由な発想がないと矛盾したデータをもとに世界が驚くような物語なんて生み出せない。
科学なんて自然現象の解釈方法に過ぎないのだから、それだったら面白くて単純なほうがいい。
理由はうまく説明できないけど、面白いことのほうが圧倒的に正しいような気がするんだよね。
人間という仕事を何年もやってれば、愛する人や貴重な持ち物を失う悲しみを誰もが経験する。
しかし、自身に対する裏切りに気づくのはそれより深い終わりの見えない井戸のような悲痛だ。
自分自身の悲しみを経験するまいと、人は必死に自分は裏切っていないという証拠を捏造する。
知識や権力や快楽を忙しくかき集め、自分は自身を裏切っていない。自分は大丈夫とうそぶく。
よくある対処法は、悲しみを否定し、見えない倉庫に閉じ込め、自分を麻痺させる方法である。
ところが、なにをしても自身に忠実ではないという喪失感を消せないことは本人が知っている。
とどのつまり、人生最大の恐怖は死の恐怖ではなく、自分と向き合う恐怖なのかもしれないね。
人間が日常の営みの中で気づかないのは生命に対する着実で絶えまない頭の中のひとりごとで、
このズレた音は、その人の直感を遮り、そしてなにより音楽のリズムをバラバラにしてしまう。
思考は人生の指揮者に成りすまし、霊的、精神的、肉体的な不毛といった負の連鎖へと貶める。
コロンブスは新世界を発見したとき「地球は平面ではなかったんだ!」と叫んで世間を驚かせ、
それを聞いた多くの人々は「自分は行かない。地球の淵から落ちてしまう」と答えたのだけど、
あなたに地球の淵から落ちる勇気があるなら地球を支えているのが実はあなた自身であること、
あなたはあなた自身からけっして「落ちる」ことはないという安らぎを改めて知ることになる。
あなたにできるのは自分自身の内へ、より深く、より広く、より大きく入っていくことであり、
あなたが過去を遠くまで振り返ることができるなら、あなたは未来を遠くまで見渡せるだろう。
あなたは子供の頃、動物や植物と言葉を交わさずに互いの感情を感じ取れた。別に珍しくない。
子供はみんなできる。あなたはどこへ行くにも彼と仲良く手を繋ぎ、いつも一緒に遊んでいた。
彼はあなたにとって両親や友達や外に見えるほかのどんなものよりもたいせつな宝物だったし、
神を歌う場所は、遊んでいるとき、踊っているとき、創っているとき、愛しているときだった。
遊んだり、踊ったり、創ったり、愛したりすることは子供にとって内なる愛の表現なのである。
絶対に枯れない無限に金の成る木を持っている人がお金を欲しいなんて少しも想わないように、
あなたの胸ポッケの中には無限のハートが入っていたから自分の外に愛を欲しがる必要もない。
あなたは過去に恥じることも、未来に不安を抱くこともせず、永遠の一瞬の現在に生きていた。
出会う人すべてがあなたに癒され、あなたを天使と呼び、あなたを愛さずにはいられなかった。
ところが、あなたは成長するにつれて、教育の首輪で縛り、社会の鎖で飼い慣らされてしまう。
あなたにちっとも似合わない滑稽な制服とぜんぜん役に立たない退屈な本が部屋中に溢れ返り、
荷物が邪魔で向こうから押しても引いても開かない家の扉の前で彼は待たされ、忘れ去られる。
あなたが思考を自分と勘違いするほど、あの日に繋いだ手は解け、彼からどんどん離れていく。
そして、大人になってみたら、あなたは外から作られた偽物の自分を演じる天才になっていた。
女の子はパーティーへ行くために化粧をし、帰るためにも化粧をする。あとは寝るだけなのに。
あなたはわざと感受性を殺していた。これは女の子にはたいていあてはまることかもしれない。
人並みはずれた感覚は往々に敵を作る恐れがあり、いくらかでも安全と心の慰めを求めるなら、
女の子にはありったけの友達が必要だからである。そこで、あなたは同意機械になろうとする。
あなたの仕事は、他人がなにを考えているか調べて、それから自分もそれを考えるだけになる。
そのあいだも彼は家の扉を叩き続けていたのに、あなたは自身にだけは耳を傾けようとしない。
いや、たぶん聞こえていたのだろう。ただ、あなたは自神だけは愛そうとしなかったのである。
もちろん、あなたは甘い汁の吸い方を勉強して、人生でいろいろ得したこともあったのだけど、
あなたと彼は鏡写しだから、あなたが彼と離れ離れのまま自信や安らぎを感じられる筈がない。
彼は耳栓で心を塞いだあなたをなんとか自分自身に戻そうと、経験を創り出し、覚醒へと導く。
彼の贈り物をあなたが受け取らないのだから、彼は宇宙を総動員して物語の脚本を書き変える。
あるとき、あなたは長いあいだ鏡に映してきた化粧が海水で洗い流されていることに気づいた。
部屋の空間を埋め尽くしていた本はブックオフに売られ、制服はガソリンをかけて燃やされた。
あたかも坂道を真っ逆さまに転げ落ちていくように、あなたのは光に晒されてしまったのだ。
最初は頭の中で思考が狂った牛のように抵抗して暴れ回り、あなたは面食らっていたのだけど、
沈黙があまりにも強烈だったから思考は次第に高まっていくエネルギーの出口を見つけられず、
沸騰したやかんの口先から蒸気が放出していくように最後は降参してどこかへ消えてしまった。
昨日まで必死にしがみついていたあなたのアイデンティティは弱い音を立てて脆くも崩れ落ち、
あなたは静寂の恍惚と至福の海に浸りながら空を見据え、自分の実在が無であることを知った。
こうして、あなたはようやく自分自身から逃げることを諦め、大好きな彼と仲直りしたんだよ。
人生の苦しみのほとんどは自分自身を信じられない「自信喪失(自己愛の欠如)」から生じる。
自身を信じられない人間は他人に承認を求め、他人の愛を求めることで愛を確かめようとする。
ところが、外に求めること自体が望みと正反対に働いて自己愛の欠如を永続化させるのである。
人間の多くは自神を二度と取り戻すことはない。一部の人が執着の少ない高齢になって気づく。
しかし、その頃にはたいてい疲れ過ぎていて、彼と共に人生を楽しむだけの体力や気力がない。
自分自身との結びつきを取り戻したときの感覚は理解ではなく、否定しようのない高揚だから、
ひとたび絆が回復すれば、愛と喜びと安らぎに満たされて、宇宙の流れにもスムーズに乗れる。
あなたにとっての真実は彼との関係だけであって、人生の質はすべて内側のバランスで決まる。
だから、彼と仲直りしたあなたの決断は正しかったと想うよ。彼はあなたの幸せを心から喜び、
あなたの不幸を悲しむことができる。それこそ生命にとっていちばんたいせつなことだからね。
あなたは聖なる愛の導きにより、私というプロセスを通して、覚醒を求める存在たちと出会う。
お互いがお互いを引き寄せる。そして今度はその分かち合いが双方の意識を高めていくだろう。
そう遠い先の話じゃない。私が長い夢から目を覚ましたとき、なにひとつ同じものはなかった。
生まれて初めて私はふたつの目を開いた。私は長く信じていた。自分はものを見ているのだと。
けれども、私が真実として知っていたものはどれも偽りの幻想。それ以外の何者でもなかった。
そのとき、輝く星のように生の天使が死の天使になり、恐怖の悲劇は至福の喜劇へと変貌した。
驚きのあまり、私は天使に尋ねた。「私は死んだの?」「そうだよ。あなたは死んでいたんだ」
私の心臓は脈打っていても、精神は幻想の墓の中で眠っていた。自分が誰なのか知ることなく。
生まれ変わった私の目は美をほめたたえる。聖なる意識が私の中のすべての愛を目覚めさせる。
憎しみと恐れは打ち捨てられ、罪と責め苦は消え去った、私の魂は許し、私の中に神が生きる。
迷い込んだら光を目指す。青いカタカナの看板。いつだって開いているお店。美味しそうな音。
熱めのスープは幸せになる。またおいでとマスター。長いカウンターの奥で今日も待っている。
彼は子供のように私を愛す。誰も見たり、聞いたりするために私たちに近づくことはできない。

ボクのコト忘れないでね。キミのコト忘れないから。

眠りこけた創造性を回復させるためには、進んで下手くそアーティストになる必要があるんだ。
おいらの言っていることはわかるかい?おまえさんが探し続けた言葉はもうありがたくねえな。
どんなものも、半分はおまえさんが自分で小さな勇気を振り絞って飛び込まなくちゃいけない。
そうすれば、残りの半分は神様がプレゼントしてくれるんだ。全部じゃない。半分でいいんだ。
とどのつまり、おまえさんはいまここから始めたほうがいいってことさ。そうは想わないかい?
それに逃げるよりも育てるほうがずっと簡単なんだぜ。今夜はそろそろベッドに帰る時間だよ。
あてのないふたりですけど、ぜいたくばかり言いますけど、どうかこのまま見守って下さいな。

ひとりきりのとき、人は真に愛することができる。

私のほかに、変わったものはなにもなかった。

だからこそ、すべてが変わったのだ。

ほんとうに感動的だなあ。
僕は、こんなにすばらしいパパの息子だったって、いまはじめてわかったんだ。
そのうえパパは、まるでもう、僕そっくりじゃないか!
(「ムーミンパパの冒険」より)

ニコレッタ・チェッコリィ

(詩:トーベ・ヤンソン/画:ニコレッタ・チェッコリィ)



 

ごん ごん ごん ごん ごん ごん
今日も読んでくれるあなたへ私からありがとうございます☆
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